<技術では勝って、ビジネスで負けた?>
今リストラ真只中の半導体・電機業界に限らず、日本のモノづくり業界が国際的に敗北・壊滅した時に、必ず経営者がおまじないの様に唱える文言がある。「技術では勝ったが、ビジネスでは負けた」という言い訳である。著者はこの言い訳が嘘であることを、零戦やサムスン、インテル等を例にとり指摘、「技術でもビジネスでも負けた」ことを自覚した上で、日本のモノづくり復活への道を探っている。
今や、世界トップに君臨し栄華を誇っていた産業や企業が、突如、凋落し、転落し、倒産することはもはや珍しくない時代である。学ぶべきことは多い。
<半導体業界の栄枯盛衰に翻弄される>
湯之上氏は半導体産業と電機産業のコンサルタント及びジャーナリストである。京都大学大学院(原子核工学専攻)を出て、日本の半導体産業が世界のトップに立った1987年に日立製作所に入社、中央研究所、半導体事業部、デバイス開発センター、エルピーダメモリー(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)等を通して、半導体の微細加工技術開発に従事した。自身が半導体業界の栄枯盛衰に翻弄されてきた為、臨場感がある。
本書は、私の半導体技術者人生(第1章)~半導体とはいったい何か~DRAM敗戦と技術文化~エルピーダとサムスン電子の違い~変わらない日本の技術文化~テレビ産業が壊滅したわけ~インテルの危機とファンドリーの覇権争い~日本の強い技術力はどこにある?~イノベーションを起こすには(第9章)で構成されている。
湯之上氏が本書で一貫して訴えているのは「パラダイムシフトとイノベーションのジレンマ」についてである。イノベーションのジレンマとは、世界トップ企業が、既存顧客の要求に忠実に耳を傾けるあまり、性能や品質は劣るが、「安い、小さい、使いやすい」などの特徴を持った破壊的技術に駆逐される現象のことである。今や10年単位でパラダイムはシフトし、従来の技術が一瞬で、無用になる。
<技術が革新的かどうかは関係がない!>
時代は変わっても、日本人は全体最適ができず、局所最適化に走る傾向がある。さらに昔から「日本の技術力は世界一」という神話があり、この悪化に拍車をかけている。経済学者のシュンペーターの定義によれば、イノベーションとは「発明と市場との新結合」であり、簡単に言えばイノベーションとは「爆発的に普及した新製品」がなければならない。技術が革新的かどうかは一切関係がない。
ソニー、シャープ、パナソニック等の日本製のデジタルテレビが、限りなく「高画質、薄さ」を追求したことは、技術者の自慰行為に過ぎない。2つのテレビを並べてじっくり比較してやっと分かる程度の僅差の高画質を世界の消費者は求めていない。世界のマジョリティは、人間の目の分解能を超えたような高画質よりも、使い勝手や、高級感溢れる意匠デザインやまだ見ぬユニークな機能を求めている。
液晶AQUOSで「世界の亀山ブランド」と日本のマスコミがもて囃したシャープの世界シェアは2006年以降10%以下であり、シェア別ではサムスン電子やLG電子などの韓国勢が1位、2位を占めている。サムスンはシャープの約2倍以上のシェアがあり、何のことはない、当初からガラパゴス島「日本だけの亀山ブランド」であったことが明らかだ。
<冷蔵庫に盗難防止用の鍵と停電対策>
著者は2007年7月から9月にかけて世界1周旅行を行ない、13カ国に滞在、40社以上のエレクトロニクス関係の会社を訪問、各国の家電製品売り場を見て回っている。その時の話がとても興味深い。中国やブラジル、インド等の新興国において、サムスン電子、LG電子等の韓国勢が売り場を独占していることはよく知られた話である。さらに、韓国製品は日本のソニー、シャープ、パナソニック製品の半額である。
特筆すべきは、インドではサムスンの冷蔵庫に、盗難防止用の鍵と停電対策用のバッテリーがついていたことだ。インドは泥棒と停電が多いことで有名である。さらに、驚くことに、インドの国技はクリケットである為、サムスンのTVは、どのチャンネルにしても、右隅にクリケットのスコアが表示されるようになっている。
日本の電機会社の幹部にマーケティングについて尋ねると「当社は、高品質・高性能な製品を作っている。商品企画は設計者が行なっている」という答えが必ず返ってくる。「作ったものを売ろう」という日本と、「売れるものをつくろう」というサムスンのマーケティングの大きな違いを著者は指摘している。
サムスンの戦略マーケティング部門には800人が所属、その内専任のマーケッターが320人いる。彼らは、世界の自分の担当地域に1~2年住み、現地語を使い、現地の人間と衣食住を共にし、現地人の嗜好を体感し、学ぶ。サムスンでは、最も優秀な人間をマーケティングに抜擢している。一方、日本の電機等製造業には、研究所を筆頭に開発センター、量産工場・・・という士農工商的なヒエラルキーがあり、専門マーケッターは重要視されておらず、ほとんどいない。
<判断は技術者ではなく消費者がする!>
著者は技術者であるが現代企業経営に直結するマーケティングに強く注目している。マーケティングとは、変化を捉えることであり、それに応じて自身も変化することができるからである。経済は変化する。技術も変化する。市場も変化する。制度も政治も変化する。そして、何よりも人の心が変化するのである。
最終章で著者は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の源泉であった日本の「高い模倣技術」に着目、日本人が世界で一番得意な模倣能力を取り戻せと主張している。一足飛びに
結論を「日本人の模倣能力の再生」に持っていくことの是非はともかくとして、日本の技術力は高いという「技術力神話」から、一度離れてみることは必要だ。「いいものを作れば売れる」ということは真実のように思えるが、その「いいもの」であるかどうかの判断は、技術者ではなく、消費者がするということを忘れてはいけない。
<プロフィール>
三好 老師(みよしろうし)
ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。
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