国連環境計画(UNEP)によると、「金の精錬や石炭の燃焼といった産業活動により、大気中に排出される水銀は全世界で1,960トンに達する。中国はこのうち、3分の1を占めている」。我が国では水俣病を教訓に、国内での水銀利用は厳しく制限されている。しかし、中国や発展途上国においては、今でも環境対策が不十分なまま広範な使用が続いている。
2013年10月、熊本県の水俣市で開催された水銀に関する国連会議において、水銀の採掘、使用、輸出入を世界的に規制する水俣条約が採択された。その結果、アジア太平洋地域の定点観測事業に8カ国が参加する見通しである。雨水調査から始め、大気も観測対象に広げていく方針と言われている。我が国の環境省曰く、「中国を中心に、途上国での水銀使用を減らすことが重要だ。水俣条約で国際的な規制はかかるが、観測を通じてデータを集め、効果的な対策に活かす必要がある」。残念ながら、こうした国際的な取り組みに対して、中国は積極的な対応を示していない。そのため国際社会からは、いまだに経済発展を優先するあまり環境対策はなおざりにされている、と厳しい批判を受けている。
中国を発生源とする環境汚染は、水銀公害に止まらない。このところ、我が国をはじめ世界の注目を集めているのがPM2.5だ。大気汚染の原因の1つである、粒子状物質(PM)は猛烈な勢いで中国全土を覆い始め、北京市内の多くの観測地点では、2013年1月の時点で、直径2.5ミクロン以下のPMの値が、700ミクログラムを超えた。世界保健機関(WHO)が示す安全基準値は25ミクログラムである。ということは、安全値を27倍ほど超えている。北京の北東に位置する工業地帯のハルピン市では13年10月に1,000ミクログラムを観測した。場所によっては、さらに深刻な汚染が観測され、在北京のアメリカ大使館では危険信号を発し続けているほどである。
PMは口、鼻から気管支を通じ、肺胞や血管に運ばれ、肺の奥まで入り込む。そのなかでもPM2.5は、喘息、気管支炎、肺がん、循環器系疾患による死亡リスクを高めるなど、健康への影響が大きいと指摘されている。とくに、肺や心臓に疾患のある者や、子どもや高齢者などはより多くの健康被害を受ける可能性が高いと目される。北京の病院では呼吸器系疾患や循環器系血管疾病の患者の来院が急増し、この大気汚染による体調不良を訴える人々が蔓延するようになった。
さらなる問題として、視界不良により交通事故が多数発生するようになり、時には主要高速道路の閉鎖や北京首都空港での欠航や閉鎖まで頻発するようになった。こうした大気汚染が引き起こす経済的な損失は、中国経済の将来に暗雲を投げかけ始めている。
事態は北京に止まらず、河北省、河南省、山東省、江蘇省、安徽省、陝西省、四川省など、中国各地に広がりを見せている。道路の閉鎖に止まらず、学校の閉鎖もよく聞くようになった。すでに中国の国土面積の7分の1以上、言い換えれば、日本の面積の3.5倍以上におよぶ地域が、大気汚染に覆われたことになる。
こうした大気汚染の原因について、北京市環境保護局は「1.気象条件、2.汚染物質排出量の多さ、3.地域汚染の相乗効果」を挙げている。
13年3月に開催された全人代の期間中の記者会見で、環境保護局の副部長は中国が直面する大気汚染の原因について、「表面的には気象条件によるものであるが、実際は中国の急速な工業化、都市化の過程において、累積した環境問題が表面化したものだ」と説明している。
調べて見ると、北京周辺(天津、河北を含む)、長江デルタ地帯、珠江デルタ地帯の3つの地域は、中国の国土面積の8%を占めるに過ぎないものの、全国の石炭使用の42%、ガソリンおよびディーゼルの52%を消費していることが判明した。これらの産業拠点では、鉄鋼の55%、セメントの40%を生産している。全国で排出されるSO2(二酸化硫黄)とNOX(窒素酸化物)、オキシダントの30%以上を排出しており、一定面積当たりの汚染物質排出量は他の地域の5倍以上に達する。
その結果、上記の3地域では、近年毎年100日以上、都市によっては200日以上にわたり煙霧が発生していると報告されている。こうした地域に住み、働く人々が健康を害するのも当然であろう。
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
参議院議員。国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
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