企業・人、再生シリーズ(40)
持株会社を設立し、いよいよ福岡の会社としてスタート~(株)サンコービルド
福岡に本社がある(株)サンコービルドは、業界では『地元企業と見てもらえない』ジレンマがあった。また、同社の株主にもジレンマがあった。介護事業の関連会社・サンコーケアライフ(株)が、同社の株の68%を有している。持株で言えば親会社と見なされるような、歪な関係が横たわっていた。この二重のジレンマを打破する目的で、持株会社・サンコーホールディングス(株)が2014年2月4日に設立されたのである。
<本体の業績は活況を呈している>
グループを引っ張る(株)サンコービルドの業績は、活況を呈している。2014年3月期は売上高90億円を見込み、来期は100億円に迫る勢いである。人材面では、倒産したさとうベネックから移籍してきたメンバーを抱えており、その大半が期待に応えている。園村剛二社長は「皆さん、優秀な人ばかりだ。それぞれに貢献していただいている。改めてさとうベネックという会社のレベルの高さを認識した」と率直に認める。この謙虚さが、同社の風土になっている。だから、転職してきたメンバーたちも定着し、同社に愛着を抱いて奮闘するのであろう。外部から集まった逸材を東京・熊本に配置して、組織拡大も順調だ。今後の東京支店の展開は、大きく期待できる。
同社の謙虚さを体現している恒例の新年行事がある。園村社長自らが、新年早々から下請け取引先へ挨拶に出廻るのだ。(株)曙設備工業所(本社・早良区)の野田弘之社長が、感動して次のように語る。「サンコービルドの総務から電話があり、私と園村社長とのスケジュールの調整が図られた。そして園村社長が弊社に挨拶に来られた。これには驚いた。中堅ゼネコンの1社の支店長がたまに来られることはあるが、得意先のゼネコンさんの社長自らが新年のおうかがいに来ることはまずない。偉ぶるところがないから、こちらも真剣に尽くすようになる」。
<三井鉱山に起因する企業風土>
下請けに対して「仕事をさせてやっているぞ」という意識の建設業者は、高飛車で偉そうに振る舞う。この偉ぶるという雰囲気が、サンコービルドに皆無なのはなぜか?謙虚という表現を超えて、どうして気品までが漂っているのか?その原因は、天下の三井鉱山の子会社として設立されたからであろう。
同社は1972年8月に、三井鉱山竪坑トンネル掘鑿(株)の商号で設立された。83年2月に三鉱建設工業(株)に商号を変更し、86年6月に福岡市博多区に本社を移してきた。本社を移転させてから、すでに27年が経過しているのである(これについては後記する)。
まず同社は、この三井鉱山の現場作業・保守点検・メンテナンスを目的に設立されたのである。天下の三井鉱山の子会社として誕生した。先ほど登場した曙設備工業所の野田社長の言葉を引用すると、「天下の三井鉱山の遺伝子がまだ脈々と流れている。『俺が、俺が』という威張り散らす社員もいないし、建設業界のガサツな言葉遣いの人もいない。『三井鉱山』という毛並みの良さが継承されているのだ。我が社が真似しようとしても、土台無理だ」となる。
だがしかし、そういった良さが、一方の面では災いになることも珍しくない。親会社の影響で、現場実績の大半が大牟田・筑豊に集中した。だから業界関係者は、「三鉱建設工業さん(当時の商号)の基盤は筑豊・大牟田だ」と囁かれていた。この常識が定着してしまい、本社を福岡に移して27年になるのに「福岡の企業」と認められることがなかった。受注の面で言えば、福岡市の受注実績も困難を極めた。『福岡の企業』を認定させることに、園村社長は傾注した。
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