企業・人、再生シリーズ(40)
持株会社を設立し、いよいよ福岡の会社としてスタート~(株)サンコービルド
<親会社の倒産が飛躍の転機>
2004年1月、三井鉱山が産業再生機構入りをした(内整理)。主力行に対して1,100億円の債権放棄を要請したのだ。関連会社は『清算』『存続』『売却』の3パターンで整理されることになったが、そのなかで同社は売却されるパターンで再スタートすることになったのである。最終的には04年4月1日付けで、三井鉱山グループのサンコーケアライフ(株)が買収した。その経緯があったからこそ、同社の株の68%をサンコーケアライフが持つことになったのである。そして04年8月には、現商号の『サンコービルド』へと変更した。
「親会社に頼ることはできない。自力で立つしか道はない」という土俵の俵に追いやられた会社は、踏みとどまった。当時の社長・藤井義則氏(現会長)、園村社長が結束して、社員の士気を鼓舞して難局を乗り切った。08年のリーマン・ショックの危機の打撃も受けずに、躍進の道を切り開いてきた。10年も過ぎると、業界精通者以外に「サンコービルドが三井鉱山の子会社であった」ことを知るものは少ない。そして現在、グループ企業では、サンコービルドと介護事業のサンコーケアライフが中核を占めるビジネスの展開になっている。
<持株会社の設立でグループ躍進の基盤を固める>
このたび、持株会社のサンコーホールディングス(株)を設立した。資料の通り、代表取締役には園村社長が就任した。持株会社の取締役のメンバーも、サンコービルドと兼務しているのが大半である。また、もう1つの資料も参照されたし。中核企業・サンコービルドとサンコーケアライフがグループを牽引する。サンコービルドは100億円企業に王手をかけ、介護事業・サンコーケアライフはM&Aも駆使しながら拡大のチャンスをうかがっている。
園村社長に、最後を結んでいただく。「株の歪な関係も払拭できた。懸案であった福岡市からの大型工事も受注できたことは嬉しい。仕事をいただいたという喜びよりも、ようやく地元企業であることを認知されたことに感動を覚えている。福岡で貢献する『サンコーグループ』と尊敬される経営の先頭に立つことを誓う」。
今後のさらなるご活躍を期待する。
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