<異論噴出の新国立競技場>
東京は今、オリンピック熱に浮かれている。特に行政や政治家は、ここぞとばかりにスポーツ関連の法案や組織を整備する方向で進んでいる。たとえば文部省のスポーツ庁設置やスポーツ議員連盟によるスポーツ振興くじ(toto、BIG)関連法案の改正などがそれだ。並行して、競技施設の整備も推し進められている。
過去、2016年オリンピック誘致に合わせて都市計画をどうしていくか協議が進められていた。そして06年12月に策定されたのが『10年後の東京』というグランドデザインだ。ホームページの石原元都知事の言葉には「今回策定した『10年後の東京』では、東京が近未来に向け、都市インフラの整備だけでなく、環境、安全、文化、観光、産業など様々な分野で、より高いレベルの成長を遂げていく姿を描き出しました」とある。
この頃から、オリンピックと東京の都市計画が密接な関わりを持つようになる。このときは招致失敗によりいったん計画は白紙となったが、再び2020年オリンピックに立候補したことで新たな都市計画が策定される。それが『2020年の東京』だ。前述した鉄道や高速道などの計画概要も、これが基盤となっている。
この間、東日本大震災が起こったことで、東京では帰宅困難者が続出し交通インフラの脆弱さが露呈した。2011年11月に内閣府が発表したインターネット調査に基づく推計では、地震発生時の外出者の約28%が当日中に帰宅できなかったという。都市機能が一時マヒし、東京都約352万人、神奈川県約67万人、千葉県約52万人、埼玉県約33万人、茨城県約10万人、首都圏で合計515万人が帰宅困難者となったとされている。
20年オリンピック誘致に向かうなかで、計画が大きく変わったのは、陸上競技を開催するメインスタジアムの建設位置だ。16年誘致時は、臨海都市部の中央区晴海での建設が予定されていた。その後、20年誘致時には現在の国立競技場(新宿区)建て替えへと計画を変更した。
08年5月、所管官庁の文部科学省は国立競技場の老朽化に対応するため、サッカー専用競技場化などの大規模改修も視野に入れて有識者らを集めた調査研究協力者会議を発足。この時点では陸上競技は晴海のメインスタジアムで行なわれる予定で、国立競技場は球技場としてのみ使用される計画だった。その背景には、09年2月、元首相で日本ラグビーフットボール協会会長でもある森喜朗氏が「16年誘致に成功した暁には国立競技場をラグビーやサッカーの専用球技場として改修したい」と言及したことがある。
時は移り3年後の12年2月、オリンピック招致委員会が大会の開催基本計画を発表。そのなかで、国立競技場を現在の収容人数5.4万人から8万人へと増やし、開閉式屋根を付け全天候対応型にして陸上競技、サッカー、ラグビーの三位一体の機能を持つ施設へと改築する案を提示した。
この計画は1年以上かけて粛々と現在まで進められてきたが、ここ最近になって異論が噴出。雲行きが怪しくなってきた。
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