<進行する歴史的なパワーシフト>
現在、世界経済の中心は欧米先進諸国から新興国へと歴史的なパワーシフトが進行中である。アメリカの元財務長官であるサマーズ・ハーバード大学教授によれば、「現在進行中のパワーシフトは産業革命やルネサンスに匹敵する歴史的な大転換と位置付けられる」ほどの、大地殻変動ということになる。
なかでも、世界の成長センターとして注目を集めているのが、アジア太平洋地域である。昨今、メディアの注目を集めているTPPやRCEP、日中韓FTAなどさまざまな地域間の自由貿易協定の枠組みづくりが進展しているのも、こうしたパワーシフト現象が影響している。
そのなかでとくに注目すべき視点は、多国間のFTAがアジア太平洋地域の平和と安定、そして繁栄にどの程度寄与するものとなるのか、という点であろう。
<米中の覇権争い>
なぜなら、このところアジア太平洋地域をめぐっては、アメリカと中国の覇権争いという側面が目立ってきているからである。
オーストラリアのラッド元首相曰く「今、アメリカから中国へ地政学的な経済、政治、戦略上の変化が起きている」。中国は急速な経済発展をバックに、習近平国家主席の指導の下、海洋進出を積極化し、この地域の軍事的緊張を高めつつある。2021年の中国共産党創設100周年までに「アメリカを経済でも軍事でも凌駕する」と目論む中国。また、こうした中国の台頭を前に、アメリカは世界戦略をアジア太平洋方面に転換し始めた。
アメリカの諜報機関は習体制下の海軍、空軍の近代化に神経を尖らせている。我が国の尖閣諸島上空をも含む一方的な防空識別圏の設定についても、習国家主席が1年近く構想を温めてきた「海洋大国」路線に沿うものと分析している模様。2013年10月に習主席が召集した政治局常務委員会で検討されたアジア戦略の内容をオバマ政権は衝撃をもって受け止めた。
というのも、習体制の下で中国が今後友好関係を増進すべきアジア諸国に、日本が含まれていないことが明らかになったからである。
実際、中国政府は国際社会に対する自国の主張を大々的に展開している。その主眼は「明治時代の日本の公式文書によれば、尖閣諸島は少なくとも16世紀以来、疑いなく中国領であることを認めている。その中国領を強奪する計画を進める一環として日本は日中戦争を起こした」という点に置かれているようだ。しかも、「第二次世界大戦が終結した時点で、日本はこれらの島々を中国に返還すると約束していながら、それを反故にした」と主張。そのうえで、アメリカは1972年に尖閣諸島の施政権を日本に譲り渡した、と対米批判も繰り出す有様である。
<中国の「海洋大国」路線>
こうした中国政府の強硬な姿勢は、中国が目指す「海洋大国」への道と表裏一体化していると思われる。
習近平国家主席が唱える「新型大国関係」路線が、「防空識別圏」の設定の背景に隠されているのであろうか。そこには石油や天然ガスといった大量の海底資源をめぐる中国のエネルギー戦略も絡まっている。尖閣諸島周辺の海域には日本のエネルギー需要の200年分とも言われる貴重な資源が眠っているからだ。当然、中国にとっても、喉から手が出るほど欲しいものであろう。
中国にしてみれば、海洋資源の開発に限らず、海上交通路(シーレーン)の確保にとっても、東シナ海や南シナ海を自由にできるかどうかがカギとなる。空母や原子力潜水艦の就航に代表されるように、海軍力の強化に走るのも頷けよう。
とはいえ、こうした中国の海洋軍事大国化への動きは、日本のみならず周辺の台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイといった国々との軋轢も引き起こすことになる。
こうした中国の「海洋大国」路線を前にして、明らかにアメリカの安全保障戦略は大西洋から中東・南アジアを経由し、このアジア太平洋地域に移行していると言える。
中国による軍事力脅威に対抗するためにも、アメリカは同地域への圧倒的な政治、軍事力を保持するためにも、TPPという経済のテコをこれまで以上に発揮しようと目論んでいる。
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<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
参議院議員。国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
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