<「レガシー」で失う歴史>
日本で最も都市公園が多いのは、どこかご存じだろうか。そう、東京である。それだけ緑地が多いということでもある。2012年4月現在の東京都の都市公園面積は約5,778万m2で、都民1人当たりの都市公園面積は4.3m2。『2020年の東京』のなかでも、今後10年間で都立都市公園を170ha(うち防災都市公園は75ha)開園し、道路・河川・都市公園の一体的な整備を推進するという目標が掲げられている。
そんな貴重な緑地がまた1つ、「レガシー」(遺産)の名の下に失われようとしている。新国立競技場の建て替え計画がそれだ。64年オリンピックで建設された現国立競技場の「レガシー」を受け継ぎ、50年、100年後に残す新たな「レガシー」のシンボルとして新国立競技場が位置付けられている。
昨年10月、国立競技場に隣接する東京体育館を設計した建築家の槇文彦氏らが、「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」というシンポジウムを開催。700名近い一般聴衆の関心を集めた。
そのなかで槇氏らが訴えたのは、「長い歴史と美しい景観を持つ神宮外苑にこんな巨大な建造物が建つのは信じられてない」ということだった。ちょうどオリンピック誘致が決まった時期の提言ということもあって、計画見直しの機運が一気に高まった。
神宮外苑とは「明治神宮の外苑」のこと。明治天皇・昭憲皇太后の聖徳を永く後世に伝えるという意味で、「聖徳記念絵画館」が神宮外苑のシンボルとして1926(大正15)年に建造された。周辺は閑静な森林が広がっており、いちょう並木が有名だ。この地は現在、東京都の景観条例により風致地区に定められ、建物の高さを15mに制限し周辺の景観が保全されてきた。それが、新国立競技場の建設を含めた周辺の都市計画によって昨年6月75mに規制緩和された。法律上は、風致地区はそのままで、その一部の地区に「再開発等促進区」を設け、その制度の範囲内で高さ制限を設定したということになるそうだ。
遡ること12年7月、新国立競技場改築のため、日本スポーツ振興センターは国際コンペを行なうことにした。条件は以下の通り。
(1)次のいずれかの国際的な建築賞の受賞経験を有する者
①高松宮殿下記念世界文化賞(建築部門)
②プリツカー賞
③RIBA(王立英国建築家協会)ゴールドメダル
④AIA(アメリカ建築家協会)ゴールドメダル
⑤UIA(国際建築家連合)ゴールドメダル
(2)収容定員1.5万人以上のスタジアム(ラグビー、サッカーまたは陸上競技など)の基本設計または実施設計の実績を有する者
本来、由緒ある歴史を有する神宮外苑に巨大な建築物を建てようというのだから、現地の雰囲気を知り、神宮外苑の持つ歴史など日本文化を熟知しているものが適任だったのだろうが、以上の条件ではそうしたことがまったく考慮されていない。とにかく名のある建築家を欲しているようにしか見えない。
しかも、高さ制限が75mにされる前、募集要項の段階ですでに競技場の高さが70mまでOKという基準が盛り込まれていたことも、不信感を生む材料となっている。「風致地区は有名無実だったのか」という落胆が、計画見直しを訴える人々を失望させたのだ。
<動機や心理は同じ>
予算も莫大だ。もともと新国立競技場の建設には1,300億円が見込まれていた。この数字は国内外の他の競技場を比較して算出されたものだと、日本スポーツ振興センターは公に説明している。ちなみに、同じ開閉式屋根を持つ福岡のヤフオクドームは総工費760億円とされている。野球場では単純比較できないが、約7万2,500人収容可能な横浜の日産スタジアムでも約600億円。国内でもトップクラスの規模を誇る施設の、およそ2倍の予算が果たして必要かどうか、議論が巻き起こった。オリンピック招致委員会による開催計画概要では、選手村なども含めた全体の設備投資だけで3,800億円の予算だったので、およそ3分の1がメインスタジアムである新国立競技場に充てられる計算だったことになる。
国際コンペで選ばれたのは、イギリスの建築家ザハ・ハディド氏の案。流線型を基調とした大胆なデザインが世界の評価を受けている気鋭の建築家だ。一方で「アンビルトの女王」の異名を持ち、構造上は実現不可能なデザインもつくることで有名である。昨年10月の参議院予算委員会で、下村博文文科相がザハ案をそのままつくった場合に約3,000億円かかるという試算を出した。さすがにこれは過大だということで縮小し、12月段階で約1,700億円という方針を示したが、予算は当初よりかなりオーバーしている。都の都市計画上の地区整備もあるので、都が負担する分を500億円と文科省は想定しているようだが、国税か都税かの違いはあっても税金が使われるという点は同じだ。
この一件は、はっきり言って福岡にいるときは東京で起こっている遠い出来事として捉えており、大きな関心を抱いてなかった。しかし、東京で直接取材する機会を得て「オリンピックを成功させるためなら何でもありなのか」と唖然とした。一事が万事そうではないと信じたいところだが、それほど粗い計画に感じられた。
筆者のような一地方出身記者が「東京を"撃つ"」余地は、この辺にありそうだ。つまり、霞が関や永田町が緻密に組み立てた計画も、よく見れば問題点が多々あるということを、地方目線で改めて問い返してみるということだ。地方にいると、彼らの論理を肌で直接感じるのはなかなか難しい。頻繁に訪問するようになれば「中央集権だ」と言われている本当の意味も、目で見てわかるようになってくるような気がする。
ある東京本社の経済誌出版社元社長は「福岡には悪いかもしれないけど、これからはもっと東京に人も情報も一極集中してくるよ」とささやいていた。国家のためになるかどうか評価が真っ二つに割れている「特定秘密保護法」も先般成立し、情報面でもますます中央集権が強化される動きが強まっている。筆者は上京してから日が浅いため東京の本質を見極めるのはまだまだこれからだが、人間が動く動機や心理は日本人である限りそんなに変わらないのだ、と思った2カ月だった。
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