<日本的自由貿易協定の探求>
こうした複雑な様相を示すアジア太平洋地域の将来を占うには、リアリスト、リベラリストの立場に関係なく、現実的かつ柔軟な発想の翼を広げることが肝要となろう。日本が新たな国家戦略として、東アジアの経済統合に向けたイニシアチブを発揮することが望まれる。
実は、1990年に日本との関係を最重視するマレーシアのマハティール首相が「東アジア経済協議体(EAEC)構想」を提唱したことがある。この通称「マハティール構想」は、欧米や中国ではなく、日本を事実上の中心とする多国間の自由貿易圏構想であった。
しかし当時の日本は、欧米先進諸国に対する配慮を優先し、かつ戦前の大東亜共栄圏の悪夢を連想させること危惧し、こうした新たな経済圏を生み出す動きには一歩踏み出すような選択は行なわなかった。
そのため現在、TPPの交渉加盟国のなかで、ASEANから参加しているのは、シンガポール、マレーシア、ブルネイ、ベトナムだけであり、いずれも相対的に経済的中小国に限られている。
<TPPは腰砕けの地域的FTA>
さらなる問題は、アジア太平洋地域と言いながら、アジアの主要国がほとんど参加していないことである。これでは、地域の繁栄や平和と安定にも限られた影響しか行使できないで終わる可能性が高い。
インドやタイ、そしてインドネシアも参加していない。韓国は参加の可能性を遅まきながら表明したものの、中国が参加する可能性は今のところ視野に入ってきていない。それどころか、中国は人民元の経済圏拡大を狙い、インドシナ半島を中心に新たな経済ブロックの創設に邁進している。
要するに、日本を除けば、TPPといえどもアジアの主要国抜きの経済的枠組みに過ぎず、これではアジア太平洋地域の活力を取り込む地域的FTAとしては腰砕けと言っても過言ではない。
<TPPと東アジアの2つを主導できる日本の可能性>
こうしたTPPのような多国的FTAが機能するようにするには、各国のより柔軟で相互にセンシティブな分野に配慮するという姿勢が求められよう。参加国の個別かつ多様な事情を認識した経済連携のかたちを模索しなければ、現状の二国間、地域内の経済システムに代わり得るようなかたちにはならないだろう。
日本はその意味で、TPPと東アジアという2つの自由貿易交渉を主導できる可能性を秘めている。
関税ゼロという先進性の高いTPPをテコにし、RCEPのような広域かつ各国の立場を尊重した自由貿易協定の水準を引き上げることも可能となる。とりわけ「ASEANプラス3」や「ASEANプラス6」を通じて、中国をこの自由貿易協定に組み込むことができれば、知的財産権のルール化を通じ、この面で国際的に避難を浴びている中国の違反行為を防ぐことも可能になると思われる。中国の暴走の恐れは、多くの国が共有するものとなりつつある。
その一方で、TPP交渉に見られるような、アメリカの一方的な要求をある程度かわすかたちで協議を進めることも選択肢に入れることが必要だ。日本にとっては、TPPの意図する自由貿易の枠組みは、将来の発展にとって欠かせないものであるが、現在のように、アジアの主要国が参加しないかたちのTPPでは、日本の国益の確保にはつながらないことは明らかである。
なぜなら、日本経済にとってはアメリカとの関係は不可欠であるが、同時に、中国やインドといった国々との自由貿易圏の構想も欠かせないからだ。
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
参議院議員。国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
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