3月7日掲載の記事「稲村公望日本郵便顧問に辞任問題を訊く」について、匿名の読者の方からいただきましたご意見メールを紹介いたします。
稲村公望さんの辞任は大変残念です。私も郵政OBです。鹿児島奄美の郵便局の宿直室で生まれた稲村さんは、全国の郵便局職員に「ミスター郵政」と慕われ、郵政公社の常務理事を辞められて中央大学の客員教授に就任してからも、各地の郵政関連の会合に呼ばれていました。 稲村さんは、全逓の過激な組合員や支援する他の組合の活動家を、ひとりで説得した話は有名です。
八女郵便局長時代に、情と理で説得させ、その場が圧倒された話をよく聞きました。それから全逓が悪いことをしなくなり、全郵政が御用組合化するなかで、小泉政権下で郵政が民営化されましたが、職場が分断されて、会社同士のつながりが薄れました。 私は、現職時代、全郵政に入っておりました。私のいた局では、圧倒的に全逓が多く、全郵政には管理職も背を向けておりました。職場で同僚から口をきいてもらえない、無視される。飲み会に誘われない。ストーブに当たらせてもらえず、くさい臭い権力の犬が何をうろうろしてるのか、などといやみを言われる。持ち物を隠される。
ストに反対すると、裏切り者と罵声を浴びせられ、何人もの仲間が、ストレスから病気になり、全郵政を去っていきました。そういう状況で、静岡県御殿場の富士学校で、連合の会長代理もされた宇佐美忠信さんの薫陶を受け、職場の正常化、左翼イデオロギーの克服を胸に、労使の対立解消に取り組みました。今の人は理解できないと思いますが、年賀状を配らないとか、差別発言を口実にして、部落解放団体の圧力を呼び込んで、職場を私物化するなど、とにかくひどかった。
しかし、今度は人の心を理解しない経営に変わりました。今の郵便局は、非正規労働が増え、自爆営業といわれる自分で商品を購入して、自分に送るような現象まで起きています。かつての郵政ならば、考えられなかったことです。そのことにも稲村さんは心を痛められ、その改善に心血を注がれました。血の通った職場にしよう。まさに昭和の経営者です。
でも、アメリカ式の効率主義を至上とする社外経営陣の厚い壁に阻まれて、できなかったようです。民営化後も、郵便局に国旗と郵政旗が掲揚されているのも、稲村さんたちのおかげなのです。北九州ゆかりの深い出光のガソリンスタンドに、今は減りましたが、国旗が掲げられているのと同じで、日の丸は、太陽を崇める日本民族の象徴なのです。
今回の御社のインタビューは、郵政を愛する我々OBにとって、バッシング状況でうれしいことでした。ありがとうございました。
貴重なご意見有難うございました。
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