北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの両親、父・滋さんと母・早紀江さんが、めぐみさんの娘のキム・ウンギョンさんと、モンゴルの首都ウランバートルで初めて面会した。面会には日朝の政府関係者も同行しており、懸案だった拉致問題の前進に期待が寄せられる一方で、北朝鮮は拉致事件を幕引きにしようとしていると懸念する声もある。
<中国との関係悪化が囁かれる北朝鮮>
16日に外務省が発表したところによると、今回の面会は、今月3日に中国・瀋陽で開かれた日朝赤十字会談にともなう非公式の政府間協議で、横田夫妻が高齢になったことなどを理由として、日本側が提案したことに基づいたもの。
北朝鮮がこれまでの強硬姿勢を軟化させた背景には、何があるのか――。
北朝鮮は、金正恩体制になって、金日成・金正日体制で友好関係にあった中国との関係悪化が指摘されている。3月15日の「朝鮮日報」によると、「提灯計画-朝鮮半島(韓半島)戦略報告書」と題する報告書が中国政府に提出され、そのなかで「朝鮮半島の統一は韓国・米国・中国の3カ国による協議によって成し遂げられるべき」と言明していると報じられている。同報告書は、中国軍部の委託を受けて軍事戦略研究家の王翔氏が共産党中央に提出されたものだ。
朝鮮戦争以来の中国と北朝鮮との友好関係を考えると、韓国主導での朝鮮半島統一を、中国政府の関係文書で示したのは極めて異例だ。朝鮮日報は、中国軍部と緊密な関係にあった張成沢氏の処刑に見られる金正恩政権の動きに、中国が強い警戒を示していることの現われと分析している。
北朝鮮は、横田さん夫妻を北朝鮮に呼び寄せることで「めぐみさん死亡」説を既成事実化させ、何らかの取引条件を提示したうえで、中国との関係悪化で窮乏する北朝鮮経済を打開する狙いがあるとの指摘をする識者は少なくない。
<モンゴルと北朝鮮は友邦関係>
今回、北朝鮮ではなく、なぜモンゴルでの対面だったのか。昨年10月末にモンゴルのエルベグドルジ大統領が北朝鮮を訪問したが、モンゴルは北朝鮮に経済支援を行なうなど関係が深い。モンゴルにとって北朝鮮は、冷戦時代、ソ連・中国という大国の狭間で翻弄された国同士で、ある意味で兄弟関係にある。北朝鮮の大使館と位置づけられる朝鮮総連本部を一時落札したのもモンゴル企業の「アバール・リミテッド・ライアビリティ・カンパニー」であった。
一方でモンゴルは、親日的なことでも知られる。モンゴルにとって、日本は「南の脅威」である中国の対外侵略攻勢を受ける国、同じ同胞という意識があることを踏まえなければ、この問題は理解できない。
しかし、国際関係以上に、当事者である横田めぐみさんご両親の心境は複雑なものがある。
横田さんの両親は「ウンギョンさんとの対面は、本当に奇跡的なことで大きい喜びですが、一つのことをきっかけに日朝会談が何とかよく進められ、全被害者救出のためになることを切望しています」とのコメントを文書で報道機関に発表している。
<拉致事件の行方は>
これまでも、孫娘のウンギョンさんとの面会の提案はたびたび浮上していた。面会が実現しなかったのは、拉致被害者のシンボリックな存在である横田夫妻が訪朝すれば、北朝鮮に利用されるとの反対論が根強くあったためだ。
長年、拉致被害者救出運動に取り組んできた、救う会福岡代表の辻幸男氏は、NET-IBの取材に対して「人道的には良いことだが、今回の面会は拉致問題の風化を狙うものだ」との認識を示したうえで、「横田さんの肉親としての情を弄ぶのが北朝鮮の作戦で、許されるものではない」と強調。「今後も横田めぐみさんはじめ、すべての拉致被害者奪還のために取り組んでいく」とのコメントを明らかにしている。
安倍首相は17日、「大変、胸の熱くなる思いがした」と両親とウンギョンさんとの面会について語り、「拉致問題全面解決に向けて、全力で取り組んでいく決意であります」と強調している。拉致問題に熱心に取り組んできた安倍首相だが、今回の面会が、拉致事件の進展につながるかどうかについては、専門家の間でも見解が分かれており、したたかな北朝鮮の駆け引きに利用されないことを願うばかりだ。
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