60歳を超えると、病院を頼る人々が急増するという。一番の愁訴は「体の痛み」。なかには、病院に行っても理由がわからず、とりあえず薬を手渡されるだけという、生活を繰り返す人もいる。桜十字福岡病院（福岡市中央区、今村博孝院長）の漢方外来には、漠然とした体調不良に悩む人々がよく足を運ぶ。同外来の漢方専門医、木村豪雄医師が、３月９日市民対象のイベント「アラカンフェスタ」で行なった講演から、体の痛みをとるために、どのように「漢方」を処方しているかを伝える。

＜寒湿痺に罹りやすい日本人＞
　平成22年の国民生活基礎調査（厚労省）によると、60歳を超えると、病院にお世話になる機会が急増し、２人にひとりが病院通いをしている。愁訴は、男女とも腰痛、肩こり、手足の関節の痛みに関係するものが多い。60歳を超え、楽しい生活を送るには、どうやって痛みと縁がない生活を送るかを考えることが大切だ。

　福岡ゆかりの黒田官兵衛を苦しめた病気は、「寒湿痺」という。1576年（天正６年）、官兵衛は毛利氏に寝返ろうとした荒木村重を説得するために出向いて捕えられ、非常に湿気の多い地下牢に１年幽閉されて、漢方でいうところの寒湿痺に罹った。１年後、牢獄からでた官兵衛は髪の毛は抜け落ち、左足が効かない状態になり、後遺症も残った。日本人は、寒湿痺に罹りやすい体質をしている。

　漢方には「痺症」という見立てがある。痺には「ふさがった」という意味があり、「風、寒、湿」が体の関節などを冒し、運動麻痺、感覚麻痺、神経痛、筋肉痛、関節の障害を起こしている状態を指す。「風」は目に見えず、あちらこちらの体が痛んでいる状態。「寒」は血行不良が起こり、身体が痛んでいる状態。湿は雨天前などに肩や腰が鈍く痛い状態だ。風寒湿は、現代人にも通じるものがある。このなかの「湿」に悩み、寒湿痺のような症状に悩む人が、日本人には多い。「怪病は、湿を疑え」という言葉もある。なんとなく体が痛む、と言っても、病気だとは思ってもらえない。

　日本は湿気が多い国だ。そのため風土として体に水が溜まりやすい体質をしている。体の水はけが悪いからおこる水太り、眩暈、体の痺れ、何となくだるい、足の浮腫、息切れ、足がつる、躓く、など、どこにも異常がないのにこのような症状が出るときは「湿」という概念を用いて治療すると良い結果が得られる。

　体に水が溜まっている人は、果物を含め、甘いものが好きという傾向がある。雨降り前になると体の調子を崩やすいという傾向もあり、体を重く感じ、動作が鈍くなって、だるくて痛くなると訴える。水というのは、身体に冷えを呼び込むので冷えやすくて寒がり、暖かいことを好む。内耳のリンパ液が過剰状態になって眩暈を起こしやすくなる。水分が排出されないので尿の量も減る。

＜猛毒トリカブトも漢方では良薬に＞
　寒湿痺のように、痛みや冷えを来たす状態に対し、漢方薬では、朮（じゅつ、おけら）、附（ふし、とりかぶと）を使った朮附湯（じゅつぶとう）を処方する。
　おけらとは、キク科の植物だ。トリカブトは猛毒の植物として知られている。アイヌの人々はトリカブトの毒を煎じて毒矢を作り、狩をしていた。狩った獲物を食べても中毒にならないのは、トリカブトが熱に弱い性質を持つからだ。毒矢で倒れた時点で動物には、まだ体温が残っている。その熱でトリカブトの毒が死ぬのだ。食べる頃には毒性がなくなっている。
　医療用として使うトリカブトは最初から毒をとっている。薬理作用としては、体を温めて痛みを取る。こういう薬理の薬は西洋医学にはない。他には、脳の痛みを感じる部分をブロックする作用もある。最近では、神経障害性のように、なかなか取れない痛みに対しての効果が期待されている。

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