<世界は顕教と密教の混合形態で成立している>
――前回、グローバル化(アメリカ化)の浸透のお話の中で、「密教」と「顕教」という言葉が出ました。もう少し、詳しくお話頂けますか。
青木 日本のキャラクター文化を理解するには宗教的な背景や社会が動く仕組みを知っておくことが大切です。顕教とは、たとえば、経済指標、株価、賃金、法の体系などの合理的なルールや法則によって世の中が動くという1神教的世界観です。
一方で、密教とは反近代的、宗教的、呪術的なシンボルによって世の中は動くという多神教的世界観です。たとえば、ブランドイメージ、天皇制、勲章などがそれにあたります。
私たちの生きている世界は、基本的に、この顕教と密教の混合形態になっています。
<日本人の心に働く、アニミズムという裏OS>
青木 日本の場合は顕教としての近代化に対して、密教としてのヴァナキュラー(土着性)が強く存在しています。日本は先進国のなかでは珍しく、アニミズムを持ち続けています。アニミズムとは動物や植物は言うにおよばず、岩、山、川などにも霊魂が宿っているという考え方です。その結果、日本人は非生物への感情移入を繰り返し行なっており、実際には存在しないキャラクターを創造し続けてきました。どんなに時代が変化しても、日本人の心にはこの密教、アニミズムという、いわばパソコンの裏OS(オペレーティングシステム)が強く働いています。
欧米にはアニミズムのような考え方は、表立ってはあまり見られません。そこで、最先端のIT技術を駆使した携帯電話をめぐるコミュニケーション競争が「白い犬(ソフトバンク)」と「キノコ(NTTドコモダケ)」の対決になっていることは、欧米人から見ると非常に不可思議な情景に見えるのです。欧米人は、生物と非生物をはっきり区別します。
ところが日本人は、山でも滝でも、犬からキノコまで擬人化してしまいます。欧米では「擬人化」そのものも、幼児特有のものと思われています。
面白い話があります。大リーグのイチローはグラブを磨き自分の分身のように大事にします。このことは多くのアメリカ人の選手には理解できません。彼らにとって、グラブは捕球するための道具にしか過ぎません。破れたら、新しいものを買えばいいのです。しかし、イチローはグラブに魂の存在を認め、単にスポーツとしての野球というよりは「野球道」の修行僧のようになっています。
<大人と子供がシームレスにつながっている>
――なるほど、とても面白いですね。他にキャラクターに関する考え方として、欧米人と日本人の違いはありますか。
青木 もう1つ顕著な違いがあります。日本には大人でもキャラクターファンが多いことです。バンダイキャラクター研究所の調査によると、国民の10人に9人はキャラクターが好きで、8人は何らかのキャラクターグッズを所有しています。お婆ちゃん、娘、孫の3代に渡ってハローキティファンというのも珍しくありません。これは欧米人にはありえないことです。
欧米では、大人と子供の境界線がはっきりしており、曖昧さは許されません。例えば、漫画、アニメ、ゲーム、キャラクターなどは、欧米では「子ども向け」の娯楽として内容に即した厳しいレーティング、区分が業界団体などによってなされています。
マッカーサーに「12歳の子供」と言われた日本は、戦後の占領軍によって厳格なアメリカ化が進められました。しかし、大人になっても子どもの部分を持つことは、奇跡的に、裏では容認されてきました。今でもそうですが、日本では大人が「少年の心」や「少女の心」を持つことは悪いこととされていません。1960年代後半の学生運動華やかりし頃は、「右手にジャーナル(朝日ジャーナル)、左手にマガジン(少年マガジン)」という標語がうまれました。しかし、国民はまったく違和感を覚えていません。子供と大人がシームレスでつながっているのです。この点が欧米とは決定的に異なっているところです。
<プロフィール>
青木 貞茂 (あおき さだしげ)
1956年長野県生まれ。法政大学社会学部教授。専門は広告論、ブランド論。立教大学経済学部卒業後、広告会社勤務を経て同志社大学社会学部教授等を歴任。著書に『文脈創造のマーケティング』、『文化の力』、共訳書にレイモア『隠された神話』がある。新刊『キャラクター・パワー』(NHK出版新書)が2月10日に発売された。
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