<みずほ=西武経営陣と堤家の攻防>
堤義明氏が逮捕される混乱期に、堤家の支配構造を崩し西武グループの経営権を奪い取ったのがメインバンクのみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)だ。旧第一勧業銀行出身の後藤高志副頭取を西武鉄道社長に送り込んだ。銀行主導による西武再建の最大の勝負どころは、コクドの経営権の奪取作戦であった。
コクド(旧・国土計画)は西武グループを築き上げた堤康次郎氏の実業家としての原点となるデベロッパー。西武鉄道やプリンスホテルの親会社で、西武グループの事実上の持株株式会社である。後藤氏はコクドの経営権の奪取に動く。コクドの経営権を握らない限り、西武鉄道株の過半数を取得して支配することができないからだ。
銀行が主導した西武グループの再編案は、(1)コクドの持ち株会社としてNWコーポレーションを設立、(2)コクドの新株発行(増資)、(3)コクド、西武鉄道、プリンスホテルの再編と持ち株会社西武ホールディングスの設立などだ。
「再生に名を借りた、西武グループの解体ではないか」。堤義明氏を除く、堤猶二氏、堤清二氏ら4人の親族は猛反発した。堤清二氏は元セゾングループの総帥だ。
コクドの当時の株主は約2,000人。筆頭株主の堤義明氏は36%の株式を持つ。しかし、コクドの全株式の半分以上が名義のみの株式で、実際の株主は堤家だ。西武鉄道と同じようにコクド株も名義株だった。しかも、堤義明氏が保有している株式も、一族を代表して所有しているに過ぎないというのだ。
先代の康次郎氏は、株式の名義人を分散し、裏で自分が握るという支配構造を築いた。康次郎氏が他界して、コクドの本当の株主が誰なのか皆目わからなくなった。名義株の所有権は誰が持つのか。これが立証できれば、堤家はコクドの株式の過半数を握ることができる。コクドの経営権を握れば、西武鉄道など西武グループの経営権を手にできる。堤猶二氏、堤清二氏は、名義株をめぐって所有権確認訴訟を起こした。
<みずほによるコクドの奪取、解体作戦>
コクドの株主が誰かで揉めていては、西武の再建はおぼつかない。後藤氏は強行突破をはかる。堤義明氏からコクドの持ち株について白紙委任状を得て、株主総会を開催し、銀行主導の再建案を可決した。
再建案に基づき2005年11月にNW社を設立。コクドがNW社へ株式交換を行なう。株式交換とは、他の会社の完全子会社になるための制度。子会社となる会社の株主の所有する株式を親会社となる会社の株式と交換する。コクドはNW社の子会社となり、コクドの株主はNW社の株主に移った。
06年1月、コクドは第三者割当増資を実施した。コクドは160億円の債務超過と判断したことが、増資の理由だ。「コクドの資産を時価で評価すれば債務超過にはならない」とする堤猶二氏らの抵抗を押し切った。
サーベラスが1,000億円、日興プリンシパル・インベストメントが600億円を出資した。これでコクドに対するNW社の出資比率を引き下げ、NW社の株主である堤家の影響力を封じ込めた。
06年2月、持ち株会社として西武HDを設立。社長に後藤氏が就任した。同時に、コクドと西武鉄道の子会社であるプリンスホテル(旧社)が、親会社のコクドを吸収合併。コクドは解散した。旧プリンスホテルは西武HDに株式移転した。
こうした複雑な手続きを経て、サーベラス・グループが西武HDの筆頭株主となり、NW社は14.95%を保有するだけになった。かつてコクドを所有して西武鉄道グループを支配していた堤家の持ち株比率は引き下げられたのである。
<堤義明氏のリベンジはあるか>
コクドの株主は誰なのかわからないまま、コクドは解体され、堤一族は西武グループの経営から排除された。いかにも金融のプロらしい鮮やかな手口だ。銀行に乗っ取られたかたちの堤家が、面白くないのは言うまでもない。コクドの株式を白紙委任した堤義明氏と他の兄弟との亀裂は深まった。一族は分裂した。
堤義明氏にしても、銀行主導の再編に協力したのに、堤家の持ち株会社だったコクドは分割されて消えてしまい、堤家の影響力は封じ込められた。こんなハズではなかったと悔やんでいるのではないか。
再上場でサーベラスが撤退した後、堤義明氏の復権はあるのだろうか。だが、今年80歳を迎える堤氏に残された時間は少ない。
神奈川県・鎌倉霊園。鎌倉市から横須賀市に抜ける朝比奈峠の丘陵地に広がる公園墓地だ。その頂に「堤康次郎之墓」と黒い御影石に刻みこまれた墓がある。揮毫者は内閣総理大臣池田勇人。元日の早朝には、康次郎氏の墓前で「先代の遺訓を偲ぶ会」が催される。西武グループの幹部たちは、全員そろってお参りする。そして、墓前で堤義明氏の年頭訓示を拝聴するのが習わしだった。
康次郎氏が亡くなってから、毎年続けてきた元日の早朝墓参は廃止になった。西武王国を再興させないことには、義明氏は先代の康次郎氏に顔向けができないのではないか。復権への執念は強い。堤義明氏の動向が、上場後の西武HDの最大の焦点だ。
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