「笑っていいとも」に出演した安倍首相。内閣支持率の低下に打った秘策は、小泉元首相のサプライズ譲り。V字回復をもたらすか。それとも、「ポスト安倍は安倍」神話の終焉か?永田町からお届けする。
<バラエティ番組と拉致問題を利用する安倍政権>
安倍政権の支持率が低下し始めた。NNNが3月14日から16日まで全国有権者2,107名を対象に行なった電話世論調査によると、「安倍内閣を支持する」と答えた人は前月比2.8ポイント減の49%。2012年12月に政権発足以来、同調査で50%を切ったのは初めてだ。
NHKによる調査でも安倍政権の支持率は、今年1月で54%、2月で52%、3月で51%と、逓減する傾向を見せている。
もっともわかりやすいのは、ニコニコ動画のネット世論調査だ。3月19日午後9時52分から300秒間で10万人余に参加させて行なった結果、安倍政権支持率は46.8%と、前月から6ポイントも減少した。
一般的に「政党支持率」と「内閣支持率」を足して60以上あれば、政権はもつと言われている。一般的に自民党の支持率は30%台を維持していると思われるので、内閣支持率が40%台になっても断然安泰。しかし本当にそれで足りるのか。とりわけニコニコ動画の内閣支持率の急降下は気になる。ニコニコの視聴者は自民党、とりわけ安倍支持者が多いと言われているからだ。
支持率低迷の理由は何か。それは外交関係に絡んでくる。
昨年12月26日、安倍首相は靖国神社に参拝した。宗教上意味のある例大祭でもなく、終戦記念日でもない。政権発足1周年記念という個人的理由に、菅義偉官房長官は反対した。事前に衛藤晟一補佐官を米国に派遣して理解を求めたが、叶わなかった。大義のない参拝に国内での反対も多かった。内定していた日韓首脳会談も、これで流れた。
また2月20日の衆院予算委員会で、日本維新の会の山田宏衆院議員が石原信雄元官房副長官を召喚し、宮沢政権末期に出された河野談話の基礎となった元慰安婦の証言の裏付けがとれなかったこと、文言作成に韓国政府の関与の可能性があることを引き出した。
河野談話については、安倍首相は2012年9月の自民党総裁選の時、出馬会見で「見直す」と明言している。その後、声は徐々に小さくなり、首相に就任してからは「官房長官談話なので官房長官に任せる」と言ったものの、今年3月14日の参院予算委員会で「見直さない」と言明した。自民党の有村治子参院議員とあらかじめ打ち合わせした通りの「芝居」であった。悪化する日韓関係をなんとかしたい米国から圧力があったためだが、これが安倍首相の支持層の猛反発を招いた。これらが総じて内閣支持率低下の原因になっている。
では安倍首相はこれにどう対応しようとしているのか。そのヒントになるのが、安倍晋三首相の「師匠」と言える小泉純一郎元首相だ。
厚生大臣や郵政大臣を務めたものの、小泉氏にはそれまでの「首相になる要件」としての大蔵大臣など重量閣僚の経験がない。党内でも幹事長を務めたことはなく、派閥の領袖でもなかった。森政権時には清和会の会長を務めていたが、あれはオーナーの森喜朗氏が首相であったためで、あくまで小泉氏は「雇われママ」だったわけだ。
そんな党基盤のない小泉氏を5年5カ月もの長期にわたって首相の座に就かせたのは、ひとえに国民の人気が高かったからだ。政権発足時の内閣支持率は読売新聞社調査のもので87.1%。「今太閤」ともてはやされた田中角栄氏よりも五摂家の血を引く細川護煕氏よりも高い支持率は戦後最高で、「小泉マジック」と呼ばれた。
言い換えれば、党内に確固たる基盤がなくても、国民の支持があれば政治家生命は安泰であることを小泉氏は示したのだ。そのためには北朝鮮でも利用した。
小泉政権の生みの親ともいえる田中真紀子氏が外相を更迭されたのが02年1月29日の深夜だった。翌30日の参院予算委員会で小泉氏は更迭の理由を「国会正常化のため」と述べている。外務省を「伏魔殿」と呼び、決められた人事を無理に変更しようとし、秘書官をノイローゼに罹らせ、挙句の果てには大臣室に籠城した「お騒がせおばさん」は放逐された。田中氏は金正男氏が密入国しようとした時には「北朝鮮が攻めてくる。早く追い返せ」と騒ぎ、9.11直後の混乱で極秘にされた国務省の移転先をうっかり漏らすなど、大臣としての不適格と見なされていた。
しかしこの時から、小泉政権の支持率は各社20ポイント以上も急落した。政治家としての資質はともかく、田中氏の人気は抜群だった。更迭された時に見せた涙も、同情を誘った。
それを挽回すべく小泉氏が狙ったサプライズが、電撃訪朝だった。国交のない国、北朝鮮に同胞が拉致され、閉じ込められている。そんな悲劇を解決するために立ちあがった政治家という振付が効果を奏し、小泉政権の支持率は一気に上がった。
2度目の訪朝も人気挽回のためだった。そもそも小泉氏は当初から、拉致問題に積極的だった様子はない。5人の被害者を北朝鮮に引き渡さずに日本にとどめおき、家族の帰国を実現させたのは、当時副官房長官だった安倍氏と内閣参与の中山恭子氏だった。
安倍氏は、亡父・晋太郎元外相の秘書を務め、拉致問題に早くから関わってきた。その重要性を理解していると同時に、北朝鮮を利用する意味もよくわかっている。
3月10日から14日にかけて、14歳で北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの両親である横田滋、早紀江夫妻がモンゴルの首都・ウランバートルで念願の孫娘、キム・ウンギョン氏と会ったのも、安倍首相の思惑が見え隠れする。
この面会は1月から準備されていたというが、いかにも唐突に見える。横田めぐみさんは邦人拉致被害のシンボルだ。彼女の問題が収束すると、邦人拉致問題は終わってしまう懸念がある。他の拉致被害者と家族はどうなるのか。解決の方向性は見えてこない。むしろ、「拉致問題を人気回復につなげようという思惑」が見え隠れする。
3月21日には、安倍首相が、3月末で終了するフジテレビの長寿バラエティ番組「笑っていいとも」に出演した。その前日、史上3番目の早さで2014年度予算が成立し、「区切りのついたところで」の"顔見せ"と言えるかもしれないが、小泉氏に学んだサプライズにも見える。
「笑っていいとも史上初の現役首相の登場」は話題を呼び、普段は1桁の視聴率が、瞬間で最高19%まで伸びたという。国民の関心を引き、一応は成功とみるべきか。
しかし、支持率回復に繋がるかどうかはわからない。歴史認識をめぐってこじれにこじれている中国と韓国との関係を修復することは不可能に近い。この2国は強硬なタグを組んでいる。
中韓は3月23日にはハーグで首脳会談を行ない、日本に対して歴史認識で共闘することで一致した。頼りにすべき米国は、韓国の歴史認識にべったりだ。だからといって、安倍首相が彼らに対して態度を軟化させれば、右派であることで獲得した国内での支持を失いかねない。
「お友達の重用」も安倍内閣の足をすくいかねない。靖国参拝をめぐり米政権に対し動画サイトで「失望だ」と批判した衛藤補佐官の他、勝手にマスコミに「天の声」を発信する萩生田光一総裁特別補佐の存在が問題になっている。特に「首相の側近中の側近」を自負する萩生田氏は、夏に行なわれる予定の内閣改造や党人事についてまで口にし、影で顰蹙を買っている。
唯一の強みはライバルの不在だ。自民党の支持率は高くはないが、最大野党の民主党でさえ支持率は4%程度と、野党があまりにも弱い。
党内でもポスト安倍の有力者はいない。前回の総裁選で戦った町村信孝氏は病気に倒れたし、石原伸晃氏、林芳正氏はまだまだ力不足。地方票で安倍首相をはるかに上回った石破茂氏は、幹事長としての党内評価がイマイチで、夏には党内人事から外される模様。安倍首相を脅かす存在ではなくなっている。
「ポスト安倍は安倍」という話が永田町で定説だが、誰か「百年の形体(ぎょうたい)」を保つべきや。我が世の春が一瞬にして「風」で吹き飛ばされた例は、過去にいくつもある。その暗示が支持率の低下ではあるまいか。
※記事へのご意見はこちら