オフィスや家庭で使われるインターネットから、交通や通信などの社会的インフラの制御まで、ITシステムへの依存を高める現代社会。そこでは、コンピュータウィルスを使った情報の窃盗やPCの遠隔操作、不正アクセスなどさまざまなサイバー攻撃が日常的に行なわれている。我々はこのような時代をどう生きるべきなのか。東京電機大学教授で内閣官房情報セキュリティ補佐官を務める、セキュリティ技術研究の第一人者、佐々木良一氏に聞いた。
東京電機大学 未来科学部 情報メディア学科 教授 佐々木 良一 氏
(内閣官房情報セキュリティ補佐官)
<セキュリティ問題を解決する新手法MRC>
――前回、先生のチームで、企業・団体(~個人)が抱えるセキュリティ問題を解決するために、多重リスクコミュニケーター(MRC)を開発されたというお話が出ました。詳しくお話いただけますか。
佐々木良一氏(以下、佐々木) ITリスク学を設立するときに、現在のセキュリティ問題を解決する手法として考え、開発したのが多重リスクコミュニケーター(MRC)です。ITリスク学の中心をなすリスクアセスメント(リスク評価者<専門家>)、リスクマネジメント(行政担当者<事業者>)、リスクコミュニケーション(市民・消費者)の3つに対する総合的アプローチを可能にしています。
MRC開発の背景は大きく3つあります。1つ目は多くのリスク(セキュリティリスクやプライバシーリスク)が存在するので、リスク間の対立を回避する手段が必要ということです。2つ目は多くの関与者(経営者、顧客、従業員)が存在するので、関与者間の合意形成のコミュニケーション手段が必要と考えました。3つ目は1つの対策だけでは目的の達成が困難で、対策の最適な組み合わせがどうしても必要だったのです。
MRCは専門家支援部、全体制御部、最適化エンジン、意思決定関与者支援部、データベース、ネゴシエーション基盤などから構成されています。このMRCの利用者は、専門家と意思決定の仲立ちをするファシリテーターを想定しました。
現在、MRCは主に個人情報漏洩対策、不正コピー防止対策、内部統制対策、公開鍵暗号の脆弱化対策などに適用され効果を上げています。
<完全に護りきることは実質的に不可能である>
――話は変わりますが、最近新聞や雑誌で「サイバーテロ」という言葉をよく見かけます。国をまたぐ話も多く、何よりも実体が分かりません。この事に関してコメントをいただけますか。
佐々木 「サイバーテロ」は、たしかに増えています。ハッカー(善意)やクラッカー(悪意)を含めて、入り乱れています。アノニマスに代表される、ハクティビスト集団(自分達の主張を通すために運動する人たち)が企業、団体等にDDos攻撃やSQLインジェクション攻撃を仕掛けてきます。彼らは、それを迎え撃つ企業や団体よりも人数も多く、執念深いのが特徴です。
攻撃を受ける方は100%護り切らないと意味がありませんが、攻撃する方は1人でも侵入できれば勝利となります。そういう意味では、一筋縄ではいかないことも多く、完全に護り切ることは、実質的に不可能に近くなっています。
<CISOを配置して、CSIRTチームを編成する>
――企業や団体等は、この状況に戦略的にどのように対応をすればよいのですか。
佐々木 1つは、セキュリティポリシーをしっかり持って管理的対策を強化することです。これには、私たちのチームが開発した多重リスクコミュニケーター(MRC)が参考になると思います。
2つ目は技術的対策です。これはできること(「セキュリティホールのないプログラムを使いましょう」とか「ワクチンプログラムを入れましょう」とか)を確実に実行していくことです。古いプログラムだと即感染してしまうケースでも、最新のものを使えば、かなり感染を防ぐことができます。
また、入口対策だけでは十分ではありません。むしろ、今は出口対策が重要になっています。そのためには、最高情報セキュリティ責任者(CISO)を置き、CSIRT(インターネット上で問題が起きていないかを監視、起きていれば、原因解析や影響範囲を調査する組織)チームを編成することも重要です。現在、CSIRTはベンダー系の基幹産業だけでなく、ユーザー系の金融から建設会社まで、幅広く浸透してきました。そして、この出口対策の手法として、今、注目を集めているのが「デジタル・フォレンジック」という概念です。
<プロフィール>
佐々木 良一(ささき・りょういち)
1947年香川県生まれ。1971年東京大学卒業、日立製作所入社、システム開発研究所にてシステム高信頼化技術、セキュリティ技術、ネットワーク管理システム等の研究開発に従事。同研究所第4部(ネットワーク関連部)部長やセキュリティシステム研究センター長、主管研究長などを歴任。2001年から東京電機大学教授。工学博士(東京大学)。日本セキュリティ・マネジメント学会会長、内閣官房情報セキュリティセンター(NISC)情報セキュリティ補佐官。著書として、「情報科学入門 教養としてのコンピューター」、「インターネットセキュリティ 基礎と対策技術」、「インターネットセキュリティ入門」、「インターネットコマース新動向と技術」、「ITリスクの考え方」など多数。
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