<短期的には強いロシア>
ここで、欧米メディアの論調を確認しておくと、「米露の資源戦争でプーチンを追い詰められるか?」ということについては一定のコンセンサスがある。それは、「短期的には欧州のロシア依存は脱却できないが、中長期的にはシェールガス革命の恩恵を受けて世界のガス価格が安くなることにより、ロシアは追い詰められるかもしれない」というもの。「かもしれない」なのだ。
シェールガス革命が叫ばれてしばらく経つが、シェールガスというのは所詮、非在来型の資源であり、技術的には取り出せるにしても、その採掘コストは極めて高い。輸出するにはLNGターミナルも必要だし、米国内でのパイプライン整備も必要だ。
ただ、東欧にはシェールガスが存在することは確認されているし、ウクライナ東部にも存在する。欧米メディアが書くのは「シェールガスブームは米国の地政学的な武器になりうる」(Us gas boom could be geopolitical waepon 英国の金融紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の見出し)という程度で、あくまで先のわからない可能性の話だ。シェールガスが世界中に輸出されるのは2017年以後のことという説が有力である。アフリカでの資源開発で補う話も出ているがそれもわからない。この種の話は、今の段階では地政学的危機にかこつけた資源業界の投資話に過ぎないことを認識しておく必要がある。
無論、LNGガスターミナルの建設では日本の日揮や千代田加工も主力企業だから、脱原発依存を目指すなら、日本としてはそのへんの権益を獲得しておく必要はあるだろう。ただ、米国産シェールガスの輸出先は、米議会や政権の思惑で決まりかねず、米露関係が悪化すると、日本ではなく欧州にガス輸出分が割かれる可能性も注意しておくべきだろう。
それを踏まえて今後のユーラシア大陸のエネルギー構図を予測するならば、3つのことがあげられる。(1)ロシア依存を避けるために旧東欧諸国は、バルト三国のリトアニアでLNGガスターミナルを建設中、(2)ロシアが走らせている石油・ガスパイプラインと並行して、ロシアを経由しない中央アジアの資源輸送パイプラインが建設中、(3)欧州ではロシアのガス企業のガスプロムの市場支配力を薄めるための新エネルギー改革が進行中。これは主に供給側のガスプロムが保有するバルト海沿岸諸国のパイプライン企業の株式を強制的に売却させるものだ。
パイプラインについていえば、ロシアはウクライナを経由せず、バルト海海底を通ってドイツに向かう「ノルト・ストリーム」を完成させて稼働させており、一方で黒海海底を通って東欧諸国を経由する「サウス・ストリーム」を建設中だ。一方、ロシアに対抗する形で進んでいたのが、中央アジアのアゼルバイジャンからオーストリアに向かう「ナブッコ・パイプライン」計画というものがあった。これがロシアと張り合う並行ルートだったのだが、今はこの計画は頓挫した。
現在では英BPを中心にトルコ経由でガスを欧州に運ぶ、TAP(トランス・アドリアティク・パイプライン)の計画を進めることになった。このTAPは、2019年開通を目標としており、トルコ・ギリシャ国境を超え、アルバニア、アドリア海を経てイタリアをゴールとするルートであると、FT紙(13年10月18日)は伝えている。
ロシア主導のサウス・ストリームは、ロシアのガスプロムが51%、イタリアのENIが20%、フランスのEDFやドイツ企業がそれぞれ15%出資している。ところが、クリミア危機を受けてENIのスカロニCEOは、FT紙に対して、「サウス・ストリームの未来は暗い」と答えている。この計画は今年建設が始まり、来年には完成する予定だったという話であるから、この時期になぜウクライナ政変が起きたかを考える上で重要だろう。やはり米国とロシアの熾烈な資源戦争が繰り広げられていたのだ。
<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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