ウクライナでは東部地域のシェールガス開発に2013年、ロイヤル・ダッチ・シェルが当時のヤヌコビッチ政権と契約を締結しているほか、米シェブロンも同国西部地域での参入を決めている。エクソン・モービルは黒海沿岸のガス田を開発することになっていた。
さらに極東地域では、ロシアはサハリン計画をパート1から現在ではパート3まで進行しており、2014年から供給を開始することになっていた。ここにはパート1、2と欧米企業が共同出資で参加していたが、サハリン3はガスプロム単独である。
ロシアには主力ガス企業がガスプロムとロスネフチ、それからプーチン経済界人のゲンナジー・チムチェンコ(総資産153億ドル)が率いる新興勢力のノヴァテク社の3社がある。今回、制裁が加わったのは、資源系財界人についていえば、このチムチェンコに対してだけである。チムチェンコはノヴァテク以外に石油商社グンボルを経営している。しかし、制裁にはガスプロムやロスネフチが加わっていない。
両社は欧米企業とも提携関係があり、当然ながら欧州のガスを供給する企業だ。仮に制裁対象に加えてしまえば、欧州経済にも打撃を与えるし、エクソンなどの米企業の出資にも打撃を与えてしまう。
米国民はこのクリミア危機に対しては複雑な世論を示している。CNNの世論調査(3月10日報道)では、経済制裁には59%が賛成しているがウクライナへの経済援助となると46%に下がり、G8サミットの中止になると4割、ウクライナの軍事支援となると2割となり、軍事制裁を望む声はほとんどない。
ただ、外交評論家にしても、ウクライナをNATOに入れて集団的自衛権の対象にしろという声はほとんどない。オバマ大統領の外交指南役であるズビグニュー・ブレジンスキー元国家安全保障担当補佐官も、「ウクライナは冷戦時代のフィンランドのようにして、欧州とロシアの双方と交易をする独立した状態を維持せよ」と提言する程度で、本気で冷戦を再開しようという声はほとんど見られない。
それよりも、この機会に乗じて、機能が低下していたNATOを強化していくことで欧州は米国に依存せずにより自力で防衛網を構築するべきだという声が強い。ロシアはクリミア半島を併合したが、このままウクライナ本体にまで手を出さなければ欧米諸国も逆に露骨にロシアを追い詰めることは出来ない。
ただ、"中長期的"には資源供給元の多様化、欧州のエネルギー改革、それからルーブル防衛でロシアが財政余力をすり減らすという方向に持っていくだろう。しかし、中長期的にはプーチンの時代は終わっている。次に登場する指導者がどのような姿勢をとるかにもよるが、それはロシア国内の経済情勢が大きく影響を与える。プーチンが欧米諸国の挑発に対して、乗って見せなければならなかったのは、ロシア国内の経済情勢が悪いからだ。メドヴェージェフ前大統領時代に一端はかじを切った欧米への接近はプーチン政権で止まった。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙(3月23日、WSJ)に「プーチンのポチョムキン経済」という寄稿をしたモルガン・スタンレーのルチア・シャーマ氏は、「ロシアの財政を安定させるために、原油価格は1バレルあたり110ドルは必要だ」と書いている。ソチ五輪を終えたロシアは本格的な経済危機を迎えるのではないだろうか。IMFの13年10月に出された予測では、ロシアの財政収支は、11年に黒字に戻ったがその後下落を続け、14年以後はさらに悪化すると予測されている。
米国としては粛々とロシアに対抗するパイプラインを構築しながら、欧州諸国に防衛強化を促し、自らは外部からウクライナの政界関係者に支持を与えて、状況をコントロールしていくという態度だろう。オバマ政権は、もっと直接的な行動を期待するネオコン派を警戒しつつ、要するにオフショアバランシング政策を進めるということだ。
<問題は日本の立ち位置>
問題は日本の立ち位置である。安倍政権は、ウクライナへの制裁で歩調を合わせ、先日開催されたG7会合ではウクライナに1,500億円の経済援助を約束した。ほんのひと月前、安倍首相は、ソチ五輪の開会式に合わせて訪露し、プーチン大統領とも会談していた。日本はロシアとの間では北方領土問題を抱え、極東開発への参加を目指している立場がある。
米国はロシアと事を構えることを意識しているため、中国に対しては非常に丁重である。オバマ大統領は今年4月のアジア歴訪では中国を訪問しないため、3月下旬にミシェル夫人と娘二人を訪中させ、習近平国家主席夫人との夫人外交を展開し、「米中の新型大国関係」の安定さを見せつけた。日本は、靖国神社参拝でさらに傷が広がった中国との対話の窓口もまだ開いていない。
急遽発生したクリミア問題によってアメリカの目が欧州に向いたせいで、去年末の靖国参拝をきっかけに冷戦状態になっていた、キャロライン・ケネディ駐日米大使との関係は改善されたようだが、これは「運が良かった」というべきだろう。欧米に媚びへつらってロシア制裁に加わり、一方は国内のナショナリズムに配慮して中韓との関係を悪化させたままにする。米議会では安倍政権の右派的なイデオロギーに対する批判的な報告書も出ている。
そのように、外交の主軸が定まらないなか、いたずらに嫌韓、嫌中、嫌米を声高に言い立てる応援団に取り囲まれた安倍首相は外交政策の選択肢を自ら狭めるという非常に「下手な外交」をやっている。「隠れ反米」の側近と元外務事務次官の谷内正太郎・国家安全保障局長の間で政権内でも路線の違いが見られる。
本来はプーチン大統領との個人的信頼関係をもつ安倍首相が「間を取り持つ」くらいの力量がほしいところだが、結局、日韓の間を逆にオバマ大統領に取り持ってもらっている非常に情けない状況だ。
安倍首相はNATOをモデルにアジアの安全保障機構を作るという思惑で今年の夏にも集団的自衛権行使に対する憲法解釈を変えると意気込んでいるが、今のままで解釈を変えれば、やがて日本の外交下手が災いすることになりはしないか非常に心配である。
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<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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