キャロライン・ケネディ駐日米大使を動かす黒幕はカート・トンという米国大使館の首席公使(Deputy Chief of Mission)だ。首席公使は大使館のナンバー2である。このトン様は、日本語と中国語を自由に話す国務省のエリート官僚だ。日頃のキャロライン・ケネディの動きを見ていると、このお姫様の裏側には、「トン様」を始めとする米大使館の政治担当部局の描く筋書きがある。
アメリカの対日政策は何か――。
それはアメリカの国益の実現である。アメリカの国益は日本の国益とは違う。この当たり前のことをまず理解しなければならない。それでは、アメリカの日本における利益とは何か?以下のように3点にまとめられる。
(1)米日同盟の維持発展をアメリカの国益に叶う方向で実現する
(2)米国企業の利益
(3)日本以外の米国にとって特別に重要な大国との関係を損ねない範囲で日本との関係を強化する
この3点を常に米国大使館は目標としている。
米国にとって、民主党の鳩山・菅政権のときには、(3)についてはそれほど考える必要はなかった。しかし、尖閣諸島問題が石原慎太郎都知事と民主党の野田佳彦政権の間でこじれてしまった。その流れを引き継ぐ安倍晋三政権が登場し、さらに歴史認識、さらには戦後レジームの問題で、米国にはやや好ましからざる状況が出現しつつあった。
米国は自民党政権の登場で軸足を置き換える必要があった。新聞でよく登場する「リバランシング」とか「ピヴォット」というのは日米関係に当てはめるとそういう意味だ。
米国の外交安保政策の基本は、「オフショアバランシング」である。このことについてはだんだん認識が広まってきたと言える。「オフショアバランシング」というのはどういうことだろうか。
防衛省の海幹校戦略研究(2013年5月)に掲載された研究論文には次のように書かれている。
それでは一体「オフショア・バランシング」とはどのような戦略なのであろうか。レインは「オフショア・バランシング」とは、米国自らは自己抑制することにより、従前の米国が担当していた同盟国等の安全保障に係る負担を、各国と分担(Burden Sharing)するのではなく、各国に移動(Burden Shifting)することを企図した戦略としている。
この文書の説明に出てくるレインという学者はクリストファー・レインという地政学者である。この学者だけではなく、日本におけるリアリストの正統的な学者の紹介をしたのが地政学者の奥山真司氏であるが、奥山氏が紹介したもう1人の国際関係論の学者に、ジョン・ミアシャイマーという人がいる。シカゴ大学の教授で「イスラエル・ロビー」の研究でも有名な人だ。
このミアシャイマーが、オフショアバランシングについてさらにわかりやすく説明している。奥山氏はメルマガで次のように紹介している。
なお、以下に登場する、「バックパッシング」という用語は日本語で言えば「責任転嫁」ということ。レインの表現を使えば「バードン・シフティング」ということ。覇権国が地域大国に覇権を維持するための防衛責任を引き受けさせるということである。
それを踏まえて、奥山氏のメルマガを読んでいこう。『アメリカ通信』(2014年2月18日には次のように書かれている。
私が翻訳したミアシャイマーの『大国政治の悲劇』では、単なる「バック・パッシング」の歴史上の使用例だけでなく、これが使用される際には4つのパターンがある、ということを説明しております。
実際にこの本の第5章に書かれていることをまとめると、以下のようになります。
1.バックパッシングする側(バック・パッサー)は、侵略的な国と良い外交関係を保とうとする、もしくは、少なくとも刺激しないようにする。
2.バック・パッサーは、バック・パッシングされる側(バック・キャッチャー)との関係を疎遠にする。
3.バック・パッサーは、いざという時にそなえて、自国の力を増強しようとする。
4.バック・パッサーは、バック・キャッチャーの国力増強を支持する。
おわかりいただけるでしょうか?
ここで、さらに私がこれに解説を加える。
前述のミアシャイマーの文章の解説に出てくる、バック(buck)とは、 トランプのポーカーで次の親を示す印の小片のことであり、pass the buckで「責任を人に押し付ける」という意味である。つまり、バードンシフティングと同じ意味である。
オフショアバランシングをできるのは、原則的に巨大な地域覇権国を海を隔てて対峙している地域覇権国ないしは世界覇権国だけだ。「バックパッサー」とは当然アメリカ、される側の「バックキャッチャー」は日本である。「侵略的な国」というのは、中国であるのは言うまでもない。
国際政治の場面で、中国に対抗するために主導的になる「親」となるプレイヤーはこれまで米国だった。しかし、これを同盟国の日本にしようということである。要するにアメリカから責任を押し付けられたということだ。
ここでミアシャイマーの指摘で重要なのは。2番である。「アメリカは、日本との関係を疎遠にする」ということだ。
アメリカは日本との関係を(意図的に)疎遠にする。つい最近までこれが実際に起きていたわけだ。
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<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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