目印となる石造りの鳥居をくぐり抜け、門前町を進んでいくと、多くの土産店に交じって店先で名物の「松ヶ枝餅」を焼いている店が立ち並び、辺りには甘く香ばしい匂いが立ち込めている。門前町を抜けると、上へと続く長い階段が。階段を上り終えてふと後ろを振り返ると、そこには今来た道が海に向かって一直線に伸びている。
両脇に鎮座する狛犬を横に参道を進み、手水舎の先にそびえる立派な楼門をくぐると、見るものを圧倒する巨大な注連縄(しめなわ)の姿が目に飛び込んでくる――。
ここは、福岡県福津市にある宮地嶽神社。開運や商売繁昌にご利益があるとされており、年間約220万人の参拝客が訪れる、全国に鎮座する宮地嶽神社の総本宮である。
まず、簡単に同神社の由緒に触れておこう。
同神社の御祭神は、「息長足比売命(おきながたらしひめのみこと)」――別名「神功皇后」。第14代仲哀天皇の后であり、応神天皇の母君にあたる。
神社の創建は今から約1,600年前。古事記、日本書紀等によれば、神功皇后が渡韓の前にこの地に滞在。その際、宮地嶽山頂より大海原を臨みて祭壇を設け、天神地祇(てんしんちぎ)を祀り「天命をほう奉じてかの地に渡らん。希(ねがわ)くば開運を垂れ給え」と祈願され船出したとある。
その後、神功皇后のご功績をたたえ主祭神として奉斎し、随従の勝村・勝頼大神を併せ、「宮地嶽三柱大神(みやじだけみはしらおおかみ)」としてお祀りされた。以来、宮地嶽三柱大神のご加護のもとで、事に当たればどのような願いも叶うとして、「何事にも打ち勝つ開運の神」として多くの方に信仰されるようになった。
そのように由緒正しい同神社には、実は「日本一」のものが3つもある。それは、「大注連縄」「大太鼓」「大鈴」の3つだ。
まず何を置いても紹介したいのが、冒頭にも登場した「日本一の大注連縄」だ。この大注連縄は直径2.6メートル、長さ11.0メートル、重さは3トンにもなる巨大なものだ。拝殿の上部に吊り下げられており、ちょうど参拝客がお参りする際、頭上に位置することになる。宮地嶽神社を訪れた人にとっては、何よりも印象的なものであり、同神社のシンボルともなっている。
この注連縄は現在、1年に1度のペースで掛け替えが行なわれている。注連縄に使われるワラは、約2反の御神田で丹精込めて生育された昔ながらの稲が元となる。この稲の発芽から最終的な注連縄の掛け替えまでは、すべて氏子をはじめとした同神社に縁の深い方々によるもので、のべ1,500人もの方々が携わっている。
次に「大太鼓」。こちらは直径2.2m、重さ1tもある巨大な太鼓で、普段は境内の太鼓堂にしまわれている。例年、1月1日の午前零時に打ち鳴らされ、その音は、境内から数キロ離れたところにも響くという。
なお現在では、全国にこの太鼓より大きなものも存在しているが、同神社の太鼓はすべて国内より調達された材料で製作されたもの。太鼓の胴は檜を原木とし、その表面には漆が幾重にも塗り重ねられている。また、鼓面に貼られた皮は和牛の皮を太鼓用になめしたもので、今日の国産和牛では入手できないサイズの皮で調製されているものとなっている。
最後に「大鈴」だ。こちらは直径1.8m、重さ450kgもある銅製の大鈴で、篤信の方のご奉納によるもの。以前は大注連縄と共に拝殿に飾られ、参拝客を驚かせていたというが、あまりもの重量のために現在では鈴堂を建立し、大太鼓と共に奉安されている。
今回、3つの日本一を取り上げて紹介したが、同神社の見どころは、まだまだこれだけではない。
| (2) ≫
▼関連リンク
・宮地嶽神社HP
※記事へのご意見はこちら