アメリカの戦略としては、アメリカが強引にバックを日本に押し付けたのではなく、日本側が自発的に「バック」(責任)を引き受けたように見せたいわけだ。
そのためには、日本側が自らアメリカから「自立した」ように見せかける必要がある。アメリカの押し付けは反米保守派も嫌うところだからだ。そのために、カート・トン首席公使のような政治担当工作員が登場して、世論・政界工作を仕掛ける。
まず、日本の国内政界において保守派(日本における保守とは、長らくアメリカべったり派ということと同じ意味である)を焚きつけ、尖閣諸島問題などの対処を理由に中国に対抗して(自発的に)日本が軍拡をするように仕向ける。
一方で、同時に、靖国神社や歴史認識の問題では中国の側に立って日本を批判する。そうすれば、日本の保守派のなかから「アメリカが頼りないから自力でやるしかない」という声が次第に上がってくる。そこで頃合いを見て、アメリカは「仲直り」を持ちかける、という具合だ。
アメリカから自立するように視える日本の防衛力強化も、結局はアメリカの戦略通りに動いているだけ、ということだ。集団的自衛権をめぐる議論も、この観点で見ていく必要がある。
靖国神社参拝によってもたらされたのは、キャロライン・ケネディ駐日大使の「失望」声明。この声明を主導したのはバイデン副大統領と言われる。バイデン副大統領は外交問題評議会(CFR)のメンバーで、ネオコンには批判的だった政治家だ。
アメリカは、安倍政権に対して「靖国神社には参拝するなよ」と何度も釘を差してきた。それにもかかわらず安倍晋三は参拝してしまった。だからアメリカは失望している。そういうふうに見ることもできる。
しかし、この失望自体がアメリカの国家戦略の一環だとしたらどうか。失望を口にしながら、実はアメリカはほくそ笑んでいるのではないか――。
アメリカは安倍政権に「失望」を表明している一方で、中国にはミシェル・オバマ夫人を派遣するなど、水面下での争いはともかく、米中は対立しているとは言えない。
アメリカ企業は中国でかなりの利益を上げており、中国もアメリカとは対立できない。それで「G2」とか「新型大国関係」というフレーズで、米中関係を再定義してきた。
しかし、ここに来てウクライナ問題が発生した。ますますアメリカは中国と対立している暇などなくなる。
ただ、安倍政権とアメリカの関係も改善しつつあるように見える。それもまたウクライナ危機の怪我の功名だろう。アメリカもまた安倍政権に対して本気で怒っていたわけではない。安倍政権が米国のいうことを聞かなかったことで、国内のマスコミを使って批判を盛り上げるだけ盛り上げておいて、ぎりぎりのところで関係を改善する。
それが、3月7日のことだった。キャロライン大使と前任のルース大使がそろって首相官邸を訪問。その前にも、6日にケネディ大使は、取材拒否していたNHKのクローズアップ現代に出演している。安倍とケネディの「対立」は、この時点で解けていたということになる。
7日の首相官邸訪問では、ルース前駐日大使も官邸入りしている。朝日新聞の官邸記者のツイッターには次のように書かれていた。
総理番・山下龍一)日米の電話首脳会談が終わったと思ったら、ケネディ駐日大使が官邸に来ました。安倍首相とランチでしょうか?? ちなみにルース前駐日大使もこれより早い時間に官邸に来ていました。脈絡は不明ですが、なにやら日米関係が緊密な一日です。
ルース大使がなぜ官邸にやってきたのかは謎だが、一説には前任の大使のお別れの挨拶を、今になってケネディと一緒に引き継ぎのかたちで行なっていたという話もある。つまり、それまでは11月からずっと安倍首相とはわざと疎遠になるようにしていた、ということだ。しかし、ルースの訪問は、後述するように、私はソフトバンクの孫正義との関係ではないかと思う。このルースの官邸訪問は、首相動静は伝えなかった。
<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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