安倍晋三首相は3月14日の参議院予算委員会で、従軍慰安婦への旧日本軍の関与を認めて謝罪した1993年の「河野談話」について、「安倍内閣で見直すことは考えていない。歴史に対して我々は謙虚でなければならない」と答弁した。これを私たちはどう見るべきか。
<パク・クネ大統領が優勢に展開>
問題は、パク・クネ大統領がつくった土俵で、安倍首相が相撲を取ったことだ。パク大統領は3月1日の記念演説で、安倍政権に対して「村山談話と河野談話の踏襲」を要求した。そしてそれから2週間後、安倍首相はパク・クネ大統領の言う通り、両談話の踏襲を言明した。「左四つで相撲を取ろう」と言われて、その通りにしたのである。
「右四つで相撲を取る」戦術がなかったわけではない。「村山談話と河野談話」を道具にした韓国側に対して、「日韓基本条約と日韓共同宣言」で対応する手がなかったわけでない。しかし、安倍政権がすったもんだの末、「談話踏襲」を最終確認したことで、両談話は両国間の「正式合意」に格上げされたことになる。
前回の冒頭に紹介した産経と天木氏は、対照的な論調ながら、実は同じような危惧を表明している。「政府に法的責任を認めるよう求めるなど、政府の『弱腰』を幸に、ますます攻め込んでくるだろう」(産経)。「韓国は靖国参拝を含め、安倍首相の歴史認識の誤りの修正を求めてくる」(天木氏)。そういうことだろう。
さっそく韓国紙の朝鮮日報(18日)は、こんな記事を書いている。「政府のある幹部は「安倍首相が『村山談話、河野談話を継承する』と発言したことは、韓日関係を原点に立ち返らせるものであり、『進展』があったと評価するためには、慰安婦問題を解決しようとする新たな姿勢を見せるべきだ。米国や国際社会が『韓国の要求は正当なものだ』と感じることができる措置が必要だ」と指摘した。これは、安倍首相が元慰安婦に対し、謝罪の意を込めた発言をしたり、書簡を送ったりすることが考えられる。だが、日本がこのような措置を講じるかどうかは未知数だ。
今回の安倍答弁が、従軍慰安婦をめぐる国際的な論調に影響を与えるのは必至だ。とくに、米国グランデール市の公園に立てられた「従軍慰安婦の少女像」をめぐって、撤去を求める訴訟の方針を打ち出していた在米日本人関係者に与えた衝撃は、小さくないだろう。彼らは「外交的に対立している問題を、地方都市に持ち込むのは不適切だ」と主張していたのに、日本国首相がいとも簡単に韓国側に譲歩してしまったからだ。
読売の社説が指摘するように、安倍首相は河野談話の内容に疑問を持ち、談話に対する評価を最近は意図的に避けてきた。しかし、これらの疑問をことごとく封印してしまったのである。読売社説は「日米韓首脳会談ボールは朴大統領側にある」と主張したが、韓国側は「談話見直し否定を表明した日本側が、具体的な誠意を見せろ」と反論する。どちらが優勢であるかは、もはや言うまでもない。
<日韓首脳会談でどちらが勝者に?>
安倍政権の対中韓政策は、昨年末、首相が靖国参拝に踏み切った頃から、微妙に歯車がずれてきた。米国が「失望」を表明したのは、どこまで織り込み済みだったのか。衛藤晟一首相補佐官が米国の対応に対する不満を吐露する動画をアップ(後に撤回)するなど、安倍政権内部の動揺が露呈し始めたのである。「告げ口外交」非難で国内的にも批判が目立ち始めていたパク・クネ政権の対日政策は、この安倍首相の「オウンゴール」で息を吹き返した。
義偉官房長官は記者会見で、「日韓首脳会談を行なう必要がある」との回答が52%に達した韓国ギャラップの世論調査結果について、「韓国国民も限りなく冷静な判断をしたものと考える」と語っている。オランダ・ハーグで24、25日に開催された核安全サミットに合わせ、25日夜に日米韓首脳会談が開催された。これが、坊ちゃん(安倍首相)、お嬢さん(パク・クネ大統領)と揶揄されてきた2人にとって、大きな試金石となったのは間違いない。
だが、今回の会談では、日韓関係が冷え込むきっかけとなっている歴史認識の問題は話題に上らなかった。今後、日韓2国間の関係をどのように改善するか、両国首脳の手腕が問われる。
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<プロフィール>
下川 正晴(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授を歴任。2007年4月から大分県立芸術文化短期大学教授(マスメディア論、現代韓国論)。
メールアドレス:simokawa@cba.att.ne.jp
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