「中国とのサービス貿易協定」に反発し、国会に相当する立法院の議場を占拠していた台湾の学生たち。「経済依存を続ければ、中国に飲み込まれてしまう」といった懸念が学生達に火をつけ、3月30日に台北市の総統府前で行なわれたデモには、11万人が集まったとされる。
先月18日から議場を24日間にわたって占拠していた学生らは、要求が一部受け入れられたとして、自主的に退去。議場内では「人民議会」と書かれた横断幕がかけられ、政府に対する意見書が読み上げられたほか、今回の運動の象徴になった「ひまわり」を手に持ち議場を後にした。
日本でもこの模様は連日報じられたが、学生が国会の議場を占拠してしまうほど、台湾は「荒れた」国なのか?
今回の件は「中国とのサービス貿易協定」に端を発したが、背後には「野党である独立派・民進党の動き」と「国民党内の内部割れ」がある。2008年に馬英九総統が誕生し、国民党が民進党から政権を奪取。それまで「独立」になびいていた台湾は、中国寄りに流れを向けた。民進党の立て直しもうまくいかず、12年の選挙でも馬英九氏が「連勝」。二期にわたって総統を務め、その間、「独立」に関する動きや報道などは抑えられた。今回、野党である民進党が背後で糸を引いていたと囁かれている。
今回の学生運動のポイントは、「いかに海外メディアに取り上げさせるか」。台湾国内には「親中国メディア」や「独立主義メディア」などの傾向がある。今回の件は、民視など「独立主義メディア」は多く取り上げたが、「親中国メディア」はあまり報道しなかったし、また、当然ながら大陸の中国中央電視台(CCTV)は「無視」を決め込んでいた。台湾国内の動きを「台湾」のなかだけで報じさせても、時が経てば風化してしまう。今回、「学生」は映像や写真を駆使して、インターネットメディアやSNSを使って海外に放出し続けた。「学生運動」という、もはや「時代遅れ」にも思える形態だったが、海外メディアも取材に訪れ、日本でも連日報道された、という状態は「術中」だったのである。
馬英九総統は議場占拠について「正常な民主主義国家で受け入れられることではない」と批判。一方、学生らを収めたのは、同じ国民党でありながら、馬英九氏の「政敵」とされる王金平立法院長(国会議長)だ。
日本でも時に、同じ党内での仲間割れが発生するが、王金平氏が取り持ち、学生運動が収まったとあれば馬英九氏は内心、面白くないはずだ。台湾の次期総統選挙は2016年、三選禁止の規則により馬英九氏は立候補できないが、国民党・馬英九政権に対する「揺さぶり」は党内外から始まっている。
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