<セキュリティクラブやハッカーサークルが必要>
――ハッカーの育成は不可欠、急務と言われる識者は意外と多いのですが、なかなか遅々として進みません。
竹迫良範氏(以下、竹迫) はい、そこが悩ましいところです。野球を例に考えてみます。甲子園に出てくる選手は優れた上級者です。しかし、そこに至るまでには、高校や中学で野球部があり、野球グランドがあり、コーチや監督という指導者がいて、幼いころから練習できる環境が整っています。その上で切磋琢磨し選抜されるのです。サッカーも同じです。残念ながら、セキュリティの分野ではそこまで環境が整っていません。高校や大学でハッカーサークルとかセキュリティクラブというのは日本にはまだないと思います。
<サイバー国防科が人気で医学部を抜きました>
――海外ではどのような状況になっているのですか。
竹迫 韓国には、セキュリティクラブが全国の高校・大学で数十あると聞いています。女子大にもあります。大学主催でCTFのイベントも開かれます。当然全国から優秀な高校生が集まってくるわけです。
面白い話があります。2011年に韓国の名門高麗大学にサイバー国防科が新設されました。韓国国防部の肝煎りです。卒業後は国防部傘下のサイバー司令部に7年間勤務することを条件に、4年間の学費が免除されています。韓国国民の義務である2年間の兵役が免除される特典もあります。
その結果、今まで、同大学では、医学部がいわゆる秀才受験生のあこがれの学部でした。しかし、サイバー国防科できてからは、人気で医学部を抜きました。
世界各国の動きと比べると、高度なサイバー・セキュリティ技術者の育成に関しては、日本は遅れています。社会人のキャリアパスの構築も遅れています。
<高校生対象に3~5日の合宿でプログラム研修>
――なるほど、かなり環境が違いますね。現在の日本の教育では、数理的に優れた天才肌の技術者の育成は難しいのでしょうか。他に海外の例で、参考となるものはありますか。
竹迫 アメリカに「iDテックキャンプ」というのがあります。元々は、スタンフォード大学で始まった試みでしたが、今はMIT、ハーバード大学など全米26の州と60の大学で実施されています。大学が高校生を呼んで、3日とか5日の合宿でプログラミングを教えています。かなり充実したプログラムになっています。メンターとして、大学生、大学院生がつき、きめ細かな指導がなされています。これは、高校生の進路決定にも役だっています。
マイクロソフトやアップルなどの有名IT企業もスポンサーとして支援しています
一方、日本の大学にもオープンキャンパスという制度はあります。しかし、ここまで、徹底して合宿を行なうとか、本格的に講習、演習を行なう試みはまだまったくと言っていいほど、例がないと思います。このような試みは、サイバーセキュリティ・エンジニア育成に限らず、高校生、大学側双方にとってとてもいいことなので、今後はどんどんやった方がよいと思います。
<自分の持っている高い技術を正しく使って欲しい>
――最後に、広くサイバー・セキュリティ技術者を目指す読者にエールを送って下さい。
竹迫 セキュリティ技術を極めるには、基礎力がとても大事になります。世の中に出回っているハッキングのツールの使い方を単に覚えるだけではなく、原理原則を理解することが重要となります。特にコンピューターやインターネットの動作原理を知っておくことで、問題が発生した時の理解が早まり、対応力が研ぎ澄まされます。
また、若い方には、技術を極めることの他に、もっと今の「社会の仕組み」に興味を持って欲しいと思っています。技術者が陥り易い欠点は「技術があれば世界が変えられる」と勘違いしがちな事です。それはコンピューターの世界もインターネットの世界も同じです。
コンピューターを自由に操れたとしても、社会の仕組みを知らなければ、社会を動かすことはできません。自分の身に付けた技術を正しく社会に還元することによって、初めて世界を良くすることができるのです。
日本では、ここ1、2年だけでも、警察庁(4月1日付で、サイバー事件捜査の「司令塔」となる新組織が発足)を初めとする官公庁や団体、企業などでコンピューターやインターネットの高度な技術を活かせる職場が加速度的に増えています。この傾向は今後も続きますので、活躍の舞台はどんどん拡がっていくと思います。ぜひ、自分が持っている高い技術を正しく使って、社会に貢献して欲しいと思っています。
――本日はありがとうございました。
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<プロフィール>
竹迫良範(たけさこ・よしのり)
SECCON実行委員長
広島市立大学在学中に日本語検索エンジンNamazu for Win32の開発に携わり、2005年よりサイボウズ・ラボ(株)に入社。Shibuya.pm2代目リーダー。SC 22/ECMAScript Ad HocにてISO/IEC 16262の国際標準化活動に従事し、2013年よりSC 22/C#, CLI, スクリプト系言語SG エキスパート。主な著書として『ECMA-262 Edition 5.1を読む』(秀和システム)等がある。受賞歴:2008年 Microsoft MVPアワード Developer Security、2013年 情報処理学会 山内奨励賞、CSS2013/MWS2013 CSS×2.0一等星。
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