韓国・珍島沖の旅客船「セウォル号」の沈没事故は、韓国社会に大きな衝撃を与えた。21日時点の死者は64人、不明者は238人。逮捕された女性3等航海士(25)による急旋回後に船がバランスを崩したことが、原因になったとの見方が強い。3等航海士が「現場海域で操船したのは、6カ月の勤務歴で、今回が初めてだった」と供述していることも判明した。この事故をめぐって、韓国メディアは今回もまた、異常なほどセンセーショナルな報道に終始した。また、日本のメディアでは、最近の嫌韓感情に迎合したかのような報道も見られた。
<韓国メディアの自虐報道>
「乗船者の救助率は17日までに37.8%にとどまっている。1912年に北大西洋で沈没した豪華客船タイタニック号の事故では生存率が32%だった」と指摘した朝鮮日報は、こう報じた。
「無能な大韓民国はいまだに後進国だ、という嘆きと自嘲が聞かれるなか、韓国を"キムチスタン"などと皮肉る表現も登場した」。
一種の自虐報道である。朝鮮日報の論調には、このような自国民に対する高飛車な報道姿勢が時折、見られる。
それにしても船長の非常識な行動は、世論の非難を買うのは当然だ。事故当時、乗客に「船室で待機するように」と船内放送を行なった後、乗組員とともに船を脱出したイ・ジュンソク船長(69)が17日午前、濡れた紙幣を乾かしながら、「自分は乗組員だ。何も知らない」と語ったという。これが報じられると「あいつは正気か」「自分の息子が乗っていてもああいう態度を取れたか」などと厳しい批判が集まった。
<90年代の安全「後進国」へ逆戻り?>
韓国では1990年代、ソウル聖水大橋と三豊百貨店の崩壊、大邱地下鉄放火などが続発した。今回の事故は、その事態を連想させるものであり、韓国紙の自嘲的な報道は理解できない訳ではない。
米紙クリスチャン・サイエンス・モニターは、韓国の「安全不感症」を思い起こさせる、とも指摘している。国の外交専門紙「フォーリン・ポリシー」は17日「バングラデシュやフィリピン、インドネシアなどの開発途上国でたびたび発生する旅客船沈没事故が、21世紀の韓国で発生した」と報じた。このような外国メディアの報道ぶりは、いちいち、韓国国内紙に翻訳し転載された。
世界銀行が韓国を「開発途上国」リストから除外したのは97年のことだ。1人当たり国民所得が1万ドル(現在のレートで約100万円)を超え、「先進国クラブ」と呼ばれる経済協力開発機構(OECD)に加盟したことが反映された。「先進国」を自負した国威発揚報道を続けてきた韓国メディアにとって、今回の「後進国並みの事故」は自尊心を大いに傷つけるものであり、それが前述のようなエキセントリックな報道の背景にあるのは間違いないだろう。
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<プロフィール>
下川 正晴(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授を歴任。2007年4月から大分県立芸術文化短期大学教授(マスメディア論、現代韓国論)。
メールアドレス:simokawa@cba.att.ne.jp
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