オバマ訪日で見えた日米関係の今後と
あるべき「文装的武備」という日本の安全保障
<読売新聞の「TPP実質合意」報道>
今回のオバマ大統領来日にとって日米関係で重要だったのは、それはなんといっても、TPP交渉の筋道をつけることである。それ以外のアジェンダも米国にとっては重要であるが、少なくとも最優先課題ではない。
それがうかがえたのは、日米首脳会談直前に、読売新聞だけが何故かTPP交渉についての異常に詳しい報道を行なっていたことである。読売新聞はオバマ来日直前の4月20日の一面トップで、「牛肉関税『9%以上』 TPP 日米歩み寄り 共同声明 『大きく前進』明記へ」という見出しの記事を載せている。そして、来日当日の23日朝刊では、オバマ大統領の書面インタビューを独占記事として載せている。
そして、読売新聞で甘利明TPP担当大臣を取材する記者は出入り禁止を受けていたと、産経新聞が22日に報道したのである。この読売新聞の関税率に関する数字が問題視されたようだ。
読売新聞は4月20日以降もTPPは大筋合意には至っていないが、「実質合意」をしたという前提での記事を載せ続けた。
4月25日の日米首脳会談当日の夕刊も、翌日朝の紙面も、東京新聞を除く、日経新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞はTPP交渉はまとまらずという前提で報道していたが、読売はわざわざなぜ実質合意が発表されないかという背景にまで踏み込んだ記事を載せている。
4月27日に行なわれる豚肉畜産農家が多い鹿児島県補選に与える影響を考慮して、日米両政府は発表を控えているとする解説である。「甘利、フロマンの2人は主要論点のすべてで折り合った」(交渉筋)と、日米のTPP交渉責任者が合意したとの匿名の関係者を情報源とする解説記事を載せた。
そして、日米首脳会談後には、時事通信が、甘利大臣は首脳会談後の26日に「オバマ米大統領はTPPの成果をもって中間選挙に臨みたいという思いが強いのではないか」と述べ、11月の米中間選挙の前にオバマ政権が日米2国間協議を含むTPP交渉の大筋合意を取り付ける方向で動くとの見方を示したと報じた。
読売新聞だけではなくTBSも日米合意の事実があったと報じている。それでも、日経、産経、朝日、毎日はここまで踏み込んだ報道にはしていない。
甘利担当大臣自身は、次のように26日の朝放送のTBSテレビ番組への出演に述べている。
つまり日米間で、じゃあこういうふうにして纏めていこうねという道筋ができたということ。これはこう確定した、ということではない。お互いの主張が出てきてる。その主張の幅も狭まってる、それぞれの項目について。お互いに譲れない点はこういう認識なんだというのも共有されてきた。じゃあ、ここまで来たのはあとこういう方法で詰めていけば、あの辺にゴールが見えるねという感じになってきたということ。これは事実上の合意ではないでしょう。"方程式合意"というならその方程式は合意したが、具体的にこれはこうするというのが確定したわけではない。細かいことは、この辺は事務的に片付けられるねと。じゃあこの辺は事務的にこういう方向でやってここで最後の間合いは大臣で詰めれるねと、そういう道筋は明確になったということ。
(頂上に向かうどの辺か)7~8合目ぐらいかな。9合目まではいかないというところ。山は上のほうに行くと空気が薄くなって登りづらくなる。とにかく、フロマンと話していると、ここまで来たから次は期待できるかと思うと、ことごとく期待を裏切られる。ここまでいいって言ったんじゃないのっていうと、『あれは基本姿勢を示しただけでねえ』とまたなる。日本側にとってあんまり淡い期待を持たないほうがいいというのが私の考え方。
この発言を読むと、それが事実ならば、これで本当に「実質合意」といえるほどのものだったのかどうかは誰しも疑問に思うことだろう。
甘利大臣は、さらに4月28日付けでウェブサイトに載せた「国政リポート」のなかでも「日米TPP交渉が一段落しました。報道が錯綜する中で『かなり進展はあったが合意には届かず』と報道した社がありましたが、それが正しい報道です」と述べている。
海外の報道を見ても、読売のようにTPP実質合意という論調で書いた記事よりも、ニューヨーク・タイムズのようにむしろ「オバマ、中東と日本で挫折に苦しむ」としたものが目につく。要するに読売新聞の論調は極めて異様なのだ。
要するに、読売新聞が載せた記事は「スピン」だったのではないかということだ。世論誘導や世論醸成のための記事だ。ターゲットは、一般読者ではなく政界関係者と官僚組織、そして記者クラブ所属の記者たちだろう。
<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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