オバマ訪日で見えた日米関係の今後と
あるべき「文装的武備」という日本の安全保障
<読売新聞を使った米国務省の世論工作>
そして、この読売のスクープの情報源はアメリカ側への取材だろうと私は推測する。読売はそのアメリカ側から提供された情報をそのまま載せた。それが甘利大臣の「逆鱗に触れた」ということである。これは私が建てた仮説に過ぎないが、私は自信がある。
この推測には一応の裏付けがある。
かつて、1990年代に日米自動車交渉というものがあった。1995年11月15日付のニューヨーク・タイムズは、ジュネーブで開かれた日米自動車交渉において、NSAとCIAの東京支局が日本側交渉団を盗聴し、詳細を米国貿易代表のミッキー・カンターの交渉チームに提供していたと報じた。
そして、ロシアに亡命したエドワード・スノーデン氏(元NSAとCIAの職員)が暴露した資料によれば、米政府機関による他国政府への盗聴活動は日本政府に対しても実施された、と報じられている。これ以外にもジュリアン・アサンジ氏が暴露したウィキリークスの文書からも、米政府が日本政府の動向をつぶさに監視していたことは伺える。
おそらく今回のTPP交渉においても、米国政府は盗聴だけではなく、様々な技術を駆使して、日本政府が考えている関税交渉の戦略を調べてあげていただろう。
読売新聞は、「牛肉関税9%以上で折り合った」と交渉筋の情報を報じているが、この数字はひょっとしたら日本政府内で対米交渉を続けていく途中に最大限の譲歩の数字として提示する切り札だったのかもしれない。これがなぜか読売新聞に筒抜けになっていたことは、さすがに日本側の交渉チームにとっても寝耳に水だったのではないか。
なぜ読売のスクープの情報源(ディープスロート)がアメリカ側だったといえると私が推測しているかというと、読売はこの関税率の数字を含めた「実質合意」という報道を行なうことによって、日米交渉を一定の方向に誘導することで、アメリカに協力した、と思われるからである。
その引き換えに読売が得たのはオバマ大統領の独占書面インタビューだったのだろう。読売とアメリカが利害の面で一致したということだ。
さらに言えば、読売新聞とアメリカの情報機関のつながりは歴史的にも強い。
有馬哲夫・早大教授の名著『日本テレビとCIA』(新潮社)などにも書かれているが、米CIAは読売新聞の正力松太郎、朝日新聞の緒方竹虎両社主に対して、それぞれ、ポダムとポカポンというコードネームを与えて情報源にしていた。さらに、読売新聞の渡辺恒雄元主筆は、中曽根康弘元首相やヘンリー・キッシンジャー元国務長官とは公私ともに深い関係にある。
実は私が今回、オバマ大統領来日直前の読売の大スクープ攻勢が続いたのは、この長年に渡るアメリカとの読売のつながりがあるからだと見ている。
その証拠となるのがこの写真である。
この写真は、3月30日にプロ野球が開幕した時に東京ドームのゲストボックスで撮影されたものである。この日、ここに写っているキャロライン・ケネディ駐日大使は始球式にも参加し、巨人のユニフォームのような衣装を着てマウンドに立つというパフォーマンスを見せた。
ただ、この写真をよく見ると、ナベツネの他には、中曽根康弘・弘文父子の姿がある。ナベツネと中曽根と駐日米大使が集まって、単に野球の話だけをしたわけではあるまい。「日米関係の進展」というもののひとつの側面がプロ野球であり、それを象徴するのが読売巨人軍であるというだけの話で、プロ野球というのは日米同盟そのものである。プロ野球というのは、単なる娯楽ではなく、アメリカのソフトパワーそのものである。
想像をたくましくすれば、この場所をはじめとして今年に入ってから日米首脳会談に向けて、読売紙面を使った日米同盟の強化というプロパガンダが企画されたことと思われる。かつて読売は原子力の平和利用ということで日本に原発を導入するマスコミ側の尖兵を担った。それを思い起こせば、今回は日米同盟の強化、TPPの推進をアメリカ側に依頼されてキャンペーンしただろうということは容易に想像できる。
この読売の先行報道を追いかける形で、首脳会談後にはTBS(JNN)が、日米首脳が「基本合意」していたと報じている。読売とTBSは実質合意と基本合意と表現は違うものの他社とは異なる報道をしている。
複数の省庁からなるTPP交渉チームの実務は事実上外務省が行なっているに等しく、官僚機構、特に外務省は日米同盟の強化を至上命題にしているので、TPP推進が米国の意向だとなれば素直に抵抗せずにそれに従う。TPP交渉をまとめることで外務官僚の「得点」につながるからだ。
自分達の側からでたわけではない読売の先行報道を知った官僚機構は、それを忖度する形で、安倍首相がオバマ大統領と会談する時に、結果的に読売が先行報道した内容を事実に仕立てあげたのだろう。日米の官僚機構の「合作プレー」が事の真相であると思う。
日米共同声明では、「両国は、TPPに関する二国間の重要な課題について前進する道筋を特定した」とある。読売の報道を使って「仕掛けた」アメリカの思惑が功を奏したと見ることができよう。
メディアを使って情報戦を仕掛けるのも外交の世界では当然だ。読売新聞は、政治資金スキャンダル報道などの様々な政局を、政治部記者たちが作ってきた。「ニュースを報道する」のではなく「報道でニュースを作る」という新聞であることを再度認識していく必要がある。
また、ナベツネとケネディ大使が面談した3月30日から4月23日までには、それ以外にも日米関係の「進展」を思わせる動きが幾つもあった、
まず、河野談話見直しをしない答弁書を閣議決定した4月1日には、別に武器輸出三原則を事実上撤廃する閣議決定を行なっている。さらに、この間には、3月31日に、集団的自衛権をめぐって議論した自民党の安全保障法制整備推進本部の会合で、講師役の高村正彦副総裁が1959年の砂川事件の最高裁判決を持ち出し、最高裁が集団的自衛権の行使を否定していない論拠だと述べた。
与野党の親米派議員らを中心に、日米安保の合憲性を巡って議論が行われた半世紀以上昔の1957年に起きた砂川事件を持ち出した、集団的自衛権の限定行使容認論が沸き起こった。
<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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