オバマ訪日で見えた日米関係の今後と
あるべき「文装的武備」という日本の安全保障
<石破茂自民党幹事長のブルペン入り>
野球話はあまり詳しくないが、ついでに言えば、連休中の訪米によって、自民党の石破茂・幹事長の「次の総理候補」としての「ブルペン入り」が正式に決まったようである。
連休中の日程について石破氏はブログに「カーディン上院外交委東アジア太平洋小委員長、ベイナー下院議長、カンター下院共和党院内総務、ホイヤー下院民主党院内幹事をはじめとする多くの議会要人と20件以上の会談をすることが出来ましたのに加え、バイデン副大統領、ヘーゲル国防長官などの政府関係者とも会談して参りました」と書いている。オバマ大統領とは会えないものの、正式に副大統領のバイデンと面会しており、次の共和党大統領候補の可能性もあるエリック・カンター下院院内総務とも面会した。
かつて、次期首相候補が訪米した時、ハプニング的にホワイトハウスで副大統領のチェイニーと鉢合わせするという演出がされたことはあったが、このようにきちんと面会するのは異例だろう。これはバイデン副大統領に対する石破氏への期待がある。
要するに野球用語のブルペンというのは、もともとは「牛を囲う場所」という意味であり、そこから次に登場する投手の投球練習場という意味になった。闘牛場や屠殺場に送られるのを囲いの中で待っている牛を投手に見立てたということである。大手新聞の手あかのついた言葉で言えば「異例の厚遇」を受けた石破氏は次の総理候補として米国に正式に認定されたわけである。
1日午後に石破氏と会談したバイデン副大統領は、日本の集団的自衛権行使容認路線について、「歓迎する。行使可能とすることで日米同盟が強化され、アジア太平洋地域の抑止力が高まる」(5月3日日経)と表明したという。石破氏は2日午前の首都ワシントンでの講演でも「必要であれば集団的自衛権の行使の範囲を広げる」として、国内では「限定行使」にとどまると首相周辺がメディア向け宣伝をしているのとはまったく別の「公約手形」を切っている。
これだけでも呆れてしまうのだが、さらに私が本当に呆れてしまったのは、同じ日に石破氏がマサチューセッツ州ボストンでジャパン・ハンドラーズの一人のエズラ・ヴォーゲル同大名誉教授と会談した時に、吐露した言葉である。
共同通信が報じた内容によると、日中会見改善について石破氏は「誰と話をすれば効果的なのか、どのパイプと関係を作ると首脳会談が実現するのかが見えない」とヴォーゲル教授にぼやいたという。これに対して、ヴォーゲル教授は「11月のアジア太平洋経済協力会議までには中国側から関係改善のシグナルが出る」と石破氏に語ったという。
ヴォーゲル教授といえば、かつては『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という日本の経済成長最強論を書いて、日本の経済大国化を予言した論客で、かつては米政府の諜報部門にも関わっていたが、現在は中国の鄧小平元国家主席の評伝を書くなど、完全にアジア専門家としての地位を確立している。
インテリジェンスの基本は「自分の弱みを見せないこと」であると思う。ところが、石破氏はバイデンとの会談でよほどクギを刺されたのか、そのことで頭がいっぱいになって民主党の野田政権から自民党の安倍政権にかけて尖閣国有化、靖国神社参拝で壊れている日中関係の正常化について、「自ら知恵がない」ことを認めてしまった。これには私は本当にびっくりした。打つ手なしと認めて宗主国のアメリカのアジア専門家に仲介を依頼したことになるからだ。
これは、過去の自民党政権、民主党政権の政治家たちが、「ジャパン・ハンドラーズ」という知日派とは名ばかりの米軍需産業の事実上のロビイストとして暗躍する人々に、あまりにも依存してきたツケがモロにでているということだ。日本の独自の情報収集力もまったくないということも露呈した。
さきごろ設置された日本の国家安全保障局(NSC)も結局は、アメリカのカウンターパートであるスーザン・ライス国家安全保障担当補佐官が日本の谷内正太郎・同局長や礒崎陽輔・国家安全保障担当補佐官に対して、「申し送り事項」を伝える窓口になっているのだろう。前回、私が日米共同声明は「概ねアーミテージレポートの宿題解答」に過ぎないと指摘したことを思い出してほしい。
石破氏が総理大臣になるためのハードルは幾つもある。まず、重要なのは安倍政権にとっての「つまづきの石」となりうるのは、今年の第二四半期の経済で、どの程度消費税増税の影響が出るかということと、そして現段階では自民党総裁選がなんと来年の9月まで無いという点だ。経済については、金融緩和や政府資金をつかった株価吊り上げなどが用意されており、公共事業も投入するだろう。消費増税については、実際には大企業以外ではすでに大きな影響がでているが、無理矢理にも影響が出ていないということを演出するはずである。総裁選についても、来年まで無いわけだから、事実上安倍首相の「やりたい放題」である。これからも安倍首相は大手新聞社やテレビ局の政治部長クラスと会食を重ね、彼らを懐に取り込んでいくだろう。すべては祖父の成し得なかった、「戦後レジーム脱却」のためである。
アメリカもその政治日程はおそらく織り込み済みだ。だから、石破氏をバイデン副大統領が厚遇したのは、安倍晋三に対する牽制である。「いいか、安倍。お前は集団的自衛権の行使容認とTPPと消費増税と原発再稼働だけやればいいんだ。靖国神社に行ったり、石原慎太郎の尻馬に乗って尖閣諸島問題をこじらせるではないぞ。お前の次はもう用意しているんだ」という警告のためにと、石破氏をブルペン入りさせたわけである。
ともあれ話を戻すと、石破氏のヴォーゲル教授との面会は、日本の国家戦略を考える上での最大の弱点を明らかにした。それは「日本独自の情報網を日本が構築していない」という厳しい現実である。
<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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