オバマ訪日で見えた日米関係の今後と
あるべき「文装的武備」という日本の安全保障
確かに、中国が南シナ海でベトナムと資源探査をめぐる衝突を繰り返していることを考えると、中国は力による現状変更(ステータス・クオの変更)を目指そうとしていることは間違いないだろう。これは当然に反対していかなければならない。一方で、力による抑止だけでは外交は破綻につながる。
これはセキュリティ・ジレンマ(安全保障のジレンマ)といって、アメリカの国際関係論の大家であるハーヴァード大学教授のグレアム・アリソンが主に提唱している考え方である。一方が過剰に相手を敵視して軍備拡大を続けると、結果的には本来は脅威ではなかった存在が本当に脅威になってしまうという「安全保障の悪循環」という悲劇が生まれてしまう、という警告である。そこで現状変更勢力に対しては大国=列強(パワーズ、現在は核兵器を保有している経済大国。日本は当然含まれない) は、常に関与政策を行ってストレスを緩和する動きに出る。当然に相手を刺激する際にはその後の収拾も考えて合理的に計算するわけである。これを米中などは「ゲームのルール」として了解している。
問題は、パワーズではない、日本、韓国、ベトナムなどの単なる経済大国である。これらの国々は米国、中国、ロシアといった大国の動きに従属する動きしかできない。だから、日本では田母神俊雄氏のような愛国派から日本核武装の声が上がるのだが、確かにそれは一理ある。しかし、核武装がある日突然できるわけでもない。日本はただでさえ保有する余剰プルトニウムの量を米国や国際原子力機関(IAEA)に厳しく監視されているのである。
そして、核兵器保有国ではない国は、かつてのベトナム、今のウクライナのように、超大国同士のパワーゲームの餌食になって実際に「戦場」にされてしまう。核兵器同士を持っている国の打ち合いは出来ないが、非核保有国に戦場を限定しての「限定戦争」なら可能である、というわけだ。今のような対中強硬姿勢一辺倒のなかで、日本が集団的自衛権を行使容認したり、憲法9条を改正するということは、この限定戦争に日本がまんまと参加させられることを意味する。
だから、日本は抑止一辺倒で行くのではなく、同じように関与政策を重視する必要がある。対米関与政策はこれまで嫌というほどやって来た。ここで必要なのは対ロシア、対中国の関与政策である。
残念なことにロシアとの関与政策はウクライナ情勢が影響し短期的には進展が難しくなった。プーチン大統領と森喜朗元首相が個人的に馬が合うことから、安倍政権は北方領土問題交渉を重視して、シベリアの経済開発を進めて中国に対する牽制に使おうと思っていたようだが、安倍首相の周辺の歴史認識発言の影響もあり、逆にロシアと中国が、第二次世界大戦の勝者国という形で対日包囲網を築きかねない勢いだ。
今年2月6日に中国の習近平国家主席はロシア・ソチで、プーチン大統領と会談し、来年に「反ファシズム戦争・抗日戦争勝利70周年」を祝う活動を中ロ共同で行うことを決定したと発表している。現状変更勢力である中国はウクライナ危機に乗じてロシアとの関係を強化し、日本に対抗するだろう。
また、安倍首相は連休中訪問したドイツの新聞「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトング」(FAZ)に対して行った書面インタビューに対して出した回答もドイツに対して失礼極まりない内容だった。日本では報道されていないのでここで紹介したい。
日本の新聞は、安倍首相が「日本はドイツのような脱原発へは向かわない」と回答したことだけを報じているが、中国・韓国のメディアや一部の英文メディアは更に詳しくこの書面回答を報じている。実際には安倍首相は、(1)日本はドイツのような形での戦争犯罪に対する謝罪は行わない(2)欧州でドイツ式謝罪が行われた背景には戦後、欧州統合を求める動きがあったが故であり、東アジアとは状況が違う(3)日本はドイツのような脱原発はできない、と大きく分けての3点の回答だったようだ。
Japans Regierungschef in Europa:Abe verteidigt Atomkraft
この安倍首相の書面回答に中韓が激怒するのは当然だが、ドイツにおいても安倍首相の訪問はほとんど報じられなかったようだ。
ある人の安倍訪問を取り上げたブログによると、次のように書かれていた。「公共放送のARD(ドイツ第1テレビ)とZDF(ドイツ第2テレビ)のニュースを交互に見続けたが、ついに夜遅くまで、まったく取り上げられなかった。先頃韓国の朴大統領や中国の習近平国家主席が訪問した時はドイツのメディアがこぞって大きく報道したのとは大違いだった」という。(ブログ:「みどりの1kwh」の記事)
それもそのはずで、FAZに対する安倍首相の回答は戦後、ドイツが欧州周辺諸国やホロコーストの被害者に対して果たしてきた「戦後責任」を露骨に愚弄するものであるからだ。ドイツのウィリー・ブラント元首相が、1970年にポーランドの首都ワルシャワを訪問した際に、ユダヤ人ゲットー跡地で跪いて献花し、ナチス・ドイツ時代のユダヤ人虐殺について謝罪の意を表したということがある。ワイツゼッカー大統領は「過去に盲目になる者は未来にも盲目になる」という名演説を1985年に行なったことで知られる。
そのようなドイツの戦後責任のあり方を、なんと事もあろうに東京裁判の元A級戦犯である岸信介元首相の孫である安倍晋三首相が真っ向から否定したのである。確かにナチスのホロコーストと日本の戦争犯罪は違うところもある。しかし、それは日本側の論理であり、戦争裁判という点では現在の連合国の秩序の元になったニュルンベルク裁判と東京裁判は同格である。しかも、さらにドイツの反省に学ぶこと無く、日本は「東アジア共同体」を露骨に否定するとドイツ国民に向けて回答したわけである。
そして、それに追い打ちを掛けるように、安倍首相はメルケル首相の目玉のエネルギー政策に対する批判まで行なうという「3つの否定」を行なったことになる。メルケル首相のエネルギー政策には対しては確かに電力料金の高止まりという弊害が生まれているのは事実だ。しかし、それを露骨に否定するか、ということである。
メルケル首相は安倍首相との共同記者会見の最中、終始安倍首相を睨みつけるような目つきをしていたが、その背景にはこういうことがあったのである。
いま、中国はドイツとフランスの両国と外交面・経済面で連携を深めている。特に欧州債務危機後、事実上の地域覇権国に近い存在となってアメリカと中国と渡り合い、ロシアに対しても独自外交を行なっているドイツのメルケル首相に対しては、胡錦濤前政権の時代から続いて中国の習近平国家主席とは対等の関係である。ただし、中国の習近平国家主席が日本たたきのアピールのためにホロコースト記念館を訪問したいと表明した時はさすがに断ったが、これも「余計な日中の外交戦争に巻き込まれたくない」というドイツの自主性の表れである。賢い政治家は外交のフリーハンドを常に持つものだ。
つまり、安倍首相は中国と対抗するなら最も味方につけておきたいドイツを怒らせているのである。ドイツと対抗関係にあるフランスとは原子力協力で、イギリスとは日英防衛装備品の共同開発などで関係を強めることにしたようだが、あえてここでドイツを刺激する下手を打つ必要があったのだろうか。安倍首相は肝心なところで「余計なこと」を言うくせがあるようだ。政治家の外交上の失言は国益の損失、相手国につけ込むすきを与える。
<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
※記事へのご意見はこちら