NET-IBでは、政治経済学者の植草一秀氏のブログ記事から一部を抜粋して紹介する。今回は、福島第一原発事故を取り上げた漫画「美味しんぼ」(週刊ビッグコミックスピリッツ連載)が休載することに触れ、原発事故による「実害」を「風評被害」へと転嫁しようとする「責任のすり替え」について言及した、5月17日付の記事を紹介する。
「風評被害」の意味を「goo辞書」は次のように記述する。
「根拠のない噂のために受ける被害。特に、事件や事故が発生した際、不適切な報道がなされたために、本来は無関係であるはずの人々や団体までもが損害を受けること。例えば、ある会社の食品が原因で食中毒が発生した場合、その食品そのものが危険であるかのような報道のために、他社の売れ行きにも影響が及ぶことなど」。
『美味しんぼ』が休載になる。言論弾圧の色彩が濃厚である。「福島で鼻血が出た」との描写、作中に登場する井戸川克隆元双葉町長が、「福島に鼻血が出たり、ひどい疲労感で苦しむ人が大勢いるのは、被曝(ひばく)したからですよ」と語る場面が描写された。この描写に対して激しい攻撃が展開され、国や福島県が「風評被害」を引き起こすとして批判した。
この攻撃を受けての休載発表である。
出版社が権力の圧力に屈したというなら、言論活動を行う資格はないというべきである。福島県双葉町の元町長である井戸川克隆氏は、騒動が起きてから取材に対しても、正々堂々と持論を展開している。発言の正当性を強く訴えている。
『美味しんぼ』原作者の雁屋哲氏は自身のブログに、「私は自分が福島を2年かけて取材をして、しっかりとすくい取った真実をありのままに書くことがどうして批判されなければならないのか分からない。真実には目をつぶり、誰かさんたちに都合の良い嘘を書けというのだろうか。『福島は安全』『福島は大丈夫』『福島の復興は前進している』などと書けばみんな喜んだのかも知れない。今度の「美味しんぼ」の副題は『福島の真実』である。私は真実しか書けない」「今の日本の社会は『自分たちに不都合な真実を嫌い』『心地の良い嘘を求める』空気に包まれている」と記述した。
『福島の真実』は、23、24まで続くとあり、5月19日発売号が24にあたるから、予定通り発行を続けて、一段落したところで休載となるということなら当初の予定通りなのかも知れない。
しかし、民間人の真摯な言論活動に対して、国家権力、公権力が圧力をかけて、その情報発信を封じようとし、出版社がその圧力に屈して休載を決定したということなら出版社の姿勢が糾弾されるべきである。
根拠のないこと、ウソ、でっち上げた情報を流布して、人に迷惑をかけたのなら、その行為は糾弾されるべきだ。
しかし、「鼻血が出た」「疲労した」「鼻血を出す人が多数いる」との発言があったことは事実であり、捏造でもでっち上げでもない。井戸川氏は鼻血が出ることをネット上でも写真入りで伝えており、ウソを言っているとは思われない。
政府や福島県は現在の原発周辺の放射能汚染の現状を「安全だ」としているが、反論を唱える者は専門家のなかにも少なくない。低線量被ばくの健康への影響についても見解は割れている。「安全だ」とする見解だけを流布させて、「危険だ」とする見解を流布させないというのは、言論弾圧であり、人権尊重、民主主義の大原則に反するものだ。
消費者が放射線による内部被ばくを警戒して、原発立地周辺地域産出の農林水産物を忌避する行動を取ることは、基本的人権の正当な行使である。これを「風評被害」とは言わない。「消費者主権」に属する行為である。消費者が「食の安心・安全」を重視して、原発立地周辺地域産の農林水産物を忌避すれば、当該地域の農林水産業者は被害を受ける。
これは「風評被害」ではなく、原発事故による「実害」である。
農林水産業者に罪はなく、罪があるのは国と東京電力である。被害者である農林水産業者は救済される権利を有する。その補償を行うべき主体は、消費者ではなく国と東京電力なのである。
「風評被害」という言葉は、農林水産業者、あるいは観光事業従事者が被害者で、消費者が加害者とする図式をもたらす言い回しだが、これは、「責任のすり替え」なのだ。国と東京電力が負うべき損害賠償責任を消滅させるために、原発周辺地域を忌避する消費者が悪者であるとの「責任転嫁」を目論む表現なのだ。
※続きは17日のメルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」第866号「言論統制・軍国主義・人権抑圧のいつか来た道」で。
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