<SFCGと日本振興銀行のもたれ合い>
SFCGの倒産後、明るみになったのは、信じられないような事態のオンパレードだった。破産管財人の瀬戸英雄弁護士は会見で「極めて悪質な財産隠し」の実例を挙げた。
(1)事再生申し立て前(2009年2月)の4カ月間に、不動産担保付ローン債権や株券など約2,670億円のSFCGの資産を大島元会長の親族会社7社に無償や格安で譲渡した。(このうちの1社418億円分について立件されたが、無償ではなかったと認定され、無罪判決となった)。
(2)大島元会長が自宅にしている都内屈指の高級住宅街、東京・渋谷区松涛の建物(地上2階、地下2階)と空手道場は、妻が代表取締役を務める不動産会社の所有。SFCGは「ゲストハウス」として使うという名目で家賃を負担していたが、1カ月当たり1,525万円の家賃を08年10月からは3,150万円に引き上げて妻のカンパニーに払った。
(3)他の役員の報酬は月額30万円だったにもかかわらず、08年8月から大島元会長自身の役員報酬を月額2,000万円から9,700万円に増額した――。
倒産直前の資産隠しは珍しくないが、これだけのことをやってのける腹の据わり方は、まさに超人的。さらに、倒産直前に、商工ローン債権を重複して譲渡していた。「禁じ手」の二重売りである。その二重譲渡先として登場したのが日本振興銀行だった。
<日本振興銀行に債権買い取りの二重譲渡>
日本振興銀行とSFCGを結びつけたのは08年9月の米投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻であった。リーマン・ブラザーズから強烈な貸し剥がしにあって、緊急の資金が必要になったSFCGに振興銀行が手を貸した。振興銀行は、SFCGから債権を買い取り、SFCGの資金繰りに全面協力した。
SFCGには運転資金が入り、振興銀行はSFCGから手数料を受け取る。両者は、一見、良好な関係に見えた。木村氏と大島氏の親密ぶりをメディアはこう報じた。
「御行とは運命共同体ですね」「最悪の場合、鈴木商店と台湾銀行との関係になりますね」――。SFCG関係者によると、昨年(09年)1月、都内で振興銀の前会長木村剛被告(48)とSFCGの元社長大島健伸被告(62)が会食、2人の間では、昭和初めの金融恐慌の影響で「共倒れ」した鈴木商店と台湾銀行に両社をなぞらえて会話が交わされたという(産経新聞10年7月14日付)
会食の時期は、大島元会長が二重売りという禁じ手に暴走していた最中だ。その直後の09年2月に、SFCGが民事再生法を申請して、2人の蜜月関係は終わった。
振興銀行はSFCGから1,286億円の債権を買い取っていた。SFCGは信託銀行4行に譲渡した債権を、倒産直前に振興銀行に売り渡していたのだ。振興銀行は、二重譲渡債権の帰属をめぐって、信託銀行と裁判で争っていたが次々と敗訴。振興銀行は10年9月、東京地裁に民事再生法の適用を申請した。SFCGから買い取った二重譲渡債権が命取りになった。
<キツネとタヌキの化かし合い>
大島元会長は、カネになるものは、すべてカネに変え、親族会社に譲渡した。SFCGには30億円の資産しか残っていなかった。SFCGの倒産直前の資産隠しに、振興銀行は片棒を担がされていたのだ。
日本銀行キャリアの金融エリートである木村剛元会長が、けもの道に通じた「ザ・金貸し」のチャンピオン大島健伸元会長にババをつかまされた、といわれたが、必ずしもそうとばかりはいえなかった。
振興銀行は、SFCGの足元を見透かして、手数料として年率40%を超える金利を吸い上げた。金貸しの上前をはねるやり方に激怒した大島元会長が、振興銀行に売却する債権に爆弾を仕込んだ。それが信託銀行に譲渡した債権を振興銀行に再譲渡することだった。金融界で広く信じられている説だ。
金融史上、かつてない金融スキャンダルである債権の二重譲渡事件は、木村剛元会長と大島健伸元会長の腹に一物をもつキツネとタヌキの化かし合いであった。結果は2人が予測したように「鈴木商店と台湾銀行の関係」で幕を下ろした。
しかし、大島元会長のほうが役者は一枚上。資産隠しに無罪判決を勝ち取り、ファミリーに巨額な財産を残したのである。
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