新国立競技場の建設をめぐる批判の声が止まらない。そうしたなか、基本設計概要案が2カ月遅れとなる5月28日に、第5回国立競技場将来構想有識者会議で発表されることがわかった。これにより、具体的に機能や構造から新国立競技場が必要か検証できるようになるはずだ。一方で、建て替えではなく、改修でも十分に対応できるという意見も出ている。改修案は、なぜ消えたのか。
<機能と構造の調和>
5月31日、2020年東京オリンピック・パラリンピックの舞台となる国立競技場が、50年以上の歴史の幕を閉じる。新国立競技場の建設が計画されているが、各所から批判が出ている。
「巨大すぎて景観を壊す」「神宮外苑の歴史的文脈にそぐわない」「建て替えに至ったプロセスが不明」などが主たる論点だが、ここにきて「改修で十分に対応可能ではないか」という論点が新たに加わった。
その火付け役となったのが、建築家の伊東豊雄氏による改修案の提示だ。これまでも、改修に関しては提案が出されていたが、伊東氏は日本人でも数少ないプリツカー賞受賞者の1人で、建築業界をリードする存在。さらに、今回のコンペにも応募しており、どうすれば国立競技場のレガシーを引き継ぎ、周辺環境との調和がとれる施設ができるのかという観点から考え抜いた末、「改修でも対応可能だ」と認めた意味は重い。
伊東氏の改修案を見る前に、伊東氏のコンペ案の内容を見てみよう。
一見してわかるのは、伊東氏のコンペ案は、機能面を重視したデザインだったことだ。
開閉式屋根を付けたドーム型になる予定の、新国立競技場の最大の懸念の1つに「天然芝の使用」がある。天然芝は人工芝と違い、養生条件が細かく決まっている。たとえば、十分な日照を確保するため、日陰ができないよう、屋根の開口部の大きさがある程度必要になる。また、スポーツやコンサートなどで芝が傷むため、修繕費もかさむ。
国内で参考になるのが、北海道にある札幌ドーム。「ホヴァリングステージ」と呼ばれる、縦120メートル、横85メートル、重さ8,300トンの巨大な天然芝のステージが、空気圧によって7.5センチ浮上し、34個の車輪を使い分速4メートルで移動する。これにより、人工芝の野球場と天然芝のサッカー場を使い分けることができる。試合がないときは、屋外のオープンアリーナで芝を育成するという大がかりな装置だ。
ただ、屋外に出せるのは、広い敷地があるから成せるわざ。敷地が狭い国立競技場周辺では、建物を小さくしてオープンアリーナスペースを確保するか、地下を使うしかない。
伊東氏の案でも、この動く芝生の機能が地下利用のかたちで盛り込まれていた。天然芝を使用する場合は、それだけ構造全体におよぼす影響が大きい。
伊東案では、屋根の太陽光システムや建物全体の通気、周辺の緑化なども考え抜かれ、機能と構造の調和がとれている。一方、今回採用されたザハ・ハディッド案は、こうした機能面から構造全体を捉えていたとは考えにくい。
機能的なメリットがいくつか挙げられる伊東案に対し、ザハ案は「このデザインなら、こんなに良い機能がたくさんある」というアピールが、事業主の日本スポーツ振興センターや文部科学省から出されないのが不思議で仕方ない。
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