中国が世界の「工場」から世界の「市場」へと役割を変えるなかで、日中関係の悪化が生じ、日本製造業の「チャイナ・プラスワン」が叫ばれるようになって久しい。しかし、ここに来て、政治の混乱、電力不足による停電等インフラ未整備や従業員のレベルや定着率問題などで、タイ、ラオス、ミャンマー、ベトナム、カンボジアなどに進出するリスクも浮き彫りになってきた。
元ジェトロマンで、香港、台湾、ASEAN事情にも詳しい、藤原弘氏(NPO法人アジアITビジネス研究会理事長)に話を聞いた。藤原氏は3月に中国政府が「西南開放政策の橋頭堡」と位置づけた雲南省・昆明等を視察、現地大学で講演した。
<中国は1つの国ではなく、1つの世界>
――理事長は1、2年前から、「チャイナ・プラスワン」という言葉に違和感を覚えると言われています。どのような意味なのでしょうか。
藤原弘氏(以下、藤原) 中国以外のアジア地域へビジネスの可能性を求めることに消極的であるという意味ではありません。根本的な考え方が、短絡すぎて誤っているのではないかという意味です。
私はジェトロ時代、中国本土を自分の足で北から南、東から西まで隈なく歩いています。東北地区は1年3カ月の間に、約35回歩き回り、極東ロシアにも行っています。その上での実感ですが、中国はビジネスにおける可能性の側面から見ると、1つの国ではなく、1つの世界と感じています。それぞれの地域で、文化、経済からものの考え方まで大きく異なっているからです。この私の考え方は特殊なものではありません。
私はジェトロ時代、日中経済協会の調査部に勤めた後、ロンドンに4年駐在しました。そこで、対中国アプローチを行なっている英国企業の団体「48グループ」というとても優れた組織と交流したことがあります。また、香港、大連駐在時代は、欧米の商工会議所の方々との交流が多くありました。その経験も踏まえて申し上げると、むしろ日本人の見方だけが特殊かもしれないと思えるのです。
<日本企業の駐在員は必ず3、4年で帰るよね>
――日本人の見方は特殊と言われますが、日本人の考え方、行動にそれがどのように現われていますか。
藤原 日本人は、とても簡単に言うと、沿海部の大都市(北京、上海等)だけを中国と考えています。もちろん、企業は内陸部には当然のこと、さらにかなり奥地まで進出しています。しかし、その現場の意見の多くは、残念ながら戦略に反映されていません。中国ビジネス戦略を考える本社側と現地の事情を知っている駐在員と大きなギャップがあるのです。
さらに、現地の日本人幹部でさえ、韓国、台湾さらに欧米各国等と比べても現地の事情がつかめているとは言えません。親しい台湾人経営者に聞いた言葉が私の耳に深く残っています。彼は、日本人がなぜ成功できないかという話のなかで、「日本企業の駐在員は3、4年で必ず帰るよね!」と言い「我々台湾人や韓国人は永住する気持ちで来ている」と付け加えたのです。
彼が自分たちのその精神を、どんなに失敗しても、必ず成功するまで、地べたに這ってでもやりとげる"ごきぶりの精神"と呼んだことは、私にとってとてもショックでした。現に、彼は台湾を出る時に、家財道具一式を売り払って、片道切符でタイに来ていました。
この会社は、タイと中国からアジア市場を狙うために、中国の呉江にも工場があるのですが、その工場長も奥さんと永住する覚悟で来ているとのことでした。
最近、日本企業が中国進出する時に台湾企業を活用するとよいと言われます。それは一面正しいことだと思いますが、やはり成功するためには、この彼らの"凄まじい"までの気持ちを理解できることが必要なのです。中国は日本の26倍ありますので、このぐらいの覚悟でビジネスをしなければ成功できないのです。
| (2) ≫
<プロフィール>
藤原弘氏(ふじわら・ひろし)
1947年広島県因島市生まれ。70年関西大学法学部卒業後、日本貿易振興会(ジェトロ)入会。ロンドンに4年、香港に5年(香港センター次長)、大連に1年(事務所長)の海外駐在を経験。ジェトロ時代は中国、東南アジアの奥地まで足を運ぶ熱血の調査マン。
東京中小企業投資育成(株)国際ビジネスセンター所長を経て、09年NPO法人アジアITビジネス研究会理事長に就任。認定NPO雲南聯誼協会経営企画室長他を兼任している。
※記事へのご意見はこちら