<改修が適当か検討されたのか>
久米設計の国立競技場耐震改修基本計画は、震災直後の2011年3月25日に出された。基本的に業務開始時に提示された「特記仕様書」に則して、現地調査報告および管理運営者(日本スポーツ振興センター)側からの要望、法的な制約などを整理しながら、改修案の策定を実施したという。
それを念頭に、久米設計は「現状改修」「小規模改修」「大規模改修」の3つの改修計画案を提示。検討すべき共通事項として「既存建物の耐震改修」「老朽化した設備の更新」「バリアフリー対応およびサイン計画」の3項目が掲げられている。
現状改修は、現状施設のまま、この3項目に基づき耐震補強する。補強方法に関しては、コンクリートブロック、地中梁、アースアンカー、エキスパンションジョイントなど細かな構造体にまで言及しており、使用材料まで明記している。外周部には、ガラスカーテンウォールデザイン補強で水平耐力(※1)を増加させ、縦横の格子を基調としたデザイン補強で、既存建物の外観との調和を図るとしている。
小規模改修や大規模改修になると、これに競技場そのものの改修も加わる。
小規模改修の場合、スタジアムの3分の1を覆う屋根を設置し、スタンド座席数を6万人にする。大規模改修の場合、スタジアム全体を覆う屋根を設置し、スタンド座席数は7万人にし、西側の明治公園敷地を一体として改修。トラックは、いずれも8レーンまたは9レーンにし、サッカー観戦のために可動席を4,000席設ける。
大規模改修の場合、国際大会も見越したものになるため、サブトラックは地下1階に常設するという、敷地の狭さならではの工夫も見られる。構造体は、R状になった井桁のメインアーチを設け、外周部のテンションリングにより屋根架構を構成。アーチの場合は上からの荷重と横に広がろうとする力の2つの圧力がかかるため、南北スタンド後方にブレース(※2)構面を設け、地下にプレストレス基礎梁を設け、アーチの広がりを防止する。
ここまで、久米設計の改修案について細かく見てきた。資料を見る限り、かろうじて、大規模改修案の注釈に法的問題として「道路占用」について触れられているが、「既存不適格にどう対応するか」といった観点からの構造設計の見直しは見当たらない。かなり緻密な条件下で計画書を作成しているにも関わらず、である。
つまり、この改修計画を作成する段階では「既存不適格かどうか」はさほど発注者である日本スポーツ振興センターは重視していなかったのではないか、という疑問が浮かび上がる。新国立競技場建設に反対する人たちから「改修はできないのか」と問われ、あわてて「既存不適格物件だから改修しない」という論理を持ち出したのではないか。
それもすべて、途中で潮目が急に「8万人規模の建て替え」に変わり、改修が適当かどうか検討する時間がなかったことに起因すると思われる。でなければ、多額の費用をかけて改修して設備もまだ使用できるのに、また改修計画の調査までしたのに、それがなぜ建て替えという流れになったのか説明がつかない。
※1 地震や風圧などの水平力に対して、構造材が耐えることができる力のこと。
※2 鉄筋やアングルなどの型鋼でつくられた補強材
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