<通常の商取引とはまったく違う"契約"の新事実>
老舗の大出版社でも、基本は各部署による経営判断が大きい。大手デパートに入っているテナントみたいなもので、消費者は大手デパートでの購入と思い込むが、実際はテナントの販売員から購入したに過ぎない。出版社も各部の裁量権がものを言う。部長のもとに担当部署の編集長が具体的な指揮を執る。編集者は彼のもとで数人の作家を担当する。持ち込み企画の場合、大抵最初に受け持った編集者が担当することになる。担当者が決まれば、出版まで関わる。まるで個人商店がひとつ屋根の下に集まっているような構図である。個人契約なのである。
最近、こういうことがあった。昨春、大手のK出版社から拙著を上梓した。担当編集者とは馬が合い、次回作を期待され、企画書を提出。企画会議を通ってゴーサインが出た。
ところが半年後、「部を縮小する」という会社の一方的な通達を受け、私の担当者は他部署に異動となった。同時に私の企画は"ボツ"にされた。実に理不尽だと抗議したものの、「会社の都合」の一点張り。責任を感じた以前の担当者が、他部署に話を持ちかけてくれているが、今現在「出版OK」のサインはない。
単行本になるまでの流れを箇条書きにしてみる。最後に不思議な図式を目にするだろう。
(1)企画書提出。
(2)企画会議を経てゴーサイン。
(3)担当編集者と内容や取材先、進行予定などを再確認。
(4)取材と執筆。
(5)第一稿を担当者に見せ、いくつかの注文を受ける。
(6)書き直し。
(7)第二稿を提出。担当者の判断を仰ぐ。これを数回繰り返すことがある。
(8)完全原稿。これを上司(編集長や部長など)に見せ、最終判断を仰ぐこともある。
(9)初校。
(10)再校。この辺りで出版時期が明確になる。
(11)装丁や写真資料などを同時進行。
(12)タイトル、初版部数、出版時期、定価などを決める。このとき営業の発言力が強く働く。
(13)最終決定後、初めて版元と作家との間で契約書を交わす。
(14)出版。
(15)印税は通常定価の1割、約1カ月後に支払われる。
実は、完全原稿を上司が内容のクオリティを判断したときや、営業からの強いクレーム等で出版が不可能になる場合がある。当然、契約は無効となる。というより、契約が結ばれるのが営業サイドからの"OK"後なので、それまでは、楽観できない。作家には実に不利な契約方法が、現在でも行なわれている。
通常の商習慣なら、取引時に契約する。契約書が最優先である。契約後、齟齬が生じれば、その時点で精査して違約した側に責任が生じる。
「出版契約」も、本来なら企画会議でゴーサインが出たときに契約を結ぶのが常識と思われる。契約書には、「脱稿(完全原稿)の時期」が契約書に盛り込まれる。もし、締め切りを破るようなことがあれば、作家は契約違反となる。版元も、契約通りに出版しないときには、違約金を作家に支払わなくてはならない。
ところが、出版界では、「スケジュール通りには進まない」というのが常識の世界なのである。作家は納得のいくまで原稿に手を入れる。版元も"いい作品""売れる商品"を目指して作家に注文を出す。結局、出版が遅れる。もともとギスギスした関係を版元も作家も好まない。
こうして"摩訶不思議な契約"が結ばれる。
(つづく)
【大山 眞人】
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