<痩せる紙媒体と太る電子書籍>
出版の基本は"口約束"だ。飲んでいるときに、突然編集者に「それ、面白いからまとめていただけませんか」と言われる。一応企画書として提出すると、「やりましょう」となる。ただそれだけで出版が決まることも少なくない。
文藝春秋社のサロンで担当編集者と打ち合わせをしていたとき、彼が手にしている生原稿らしいものが目にとまった。「ああ、これですか、返却原稿です」とこともなげに答えた。企画を進めていたものの、最終的に"ボツ"と決まり、これから筆者に返却しに行くところだと言った。
K出版社で昨春上梓した拙著でも、初めての経験をした。正式な契約の直前に、初版部数と定価が決まる。これまでは、出版する内容(ジャンルや専門性など含む)によって初版部数が決められた。部数と定価はリンクする。専門性の高い内容なら確実に需要があり、かなり高めの定価を付けても採算が取れるからだ。
営業サイドが「売れる」と判断し、初版部数を強めに(多く)設定することで定価を押さえる。版を重ねて予想通り実売部数が伸びればいいが、逆の場合もある。"読み違い"である。この場合は当然版元が損をする。出版というのは、所詮"博奕"だ。当たれば作家に"億"という金が入り込み、版元にもその数倍の利益が転がり込む。取次店にも書店にも販売・実売部数だけの収益がある。
昨春K出版社から上梓した拙著は、以前なら少なくとも初版5,000部だった。それくらい刷らないと採算が取れないからだ。ところが驚くなかれ、初版3,000部。定価1,500円(税抜)だから、源泉徴収後の印税は約40万円。笑うしかない。
数が少ないということは、それだけ書店の棚に置かれる機会が少ないということで、読者の目に触れる機会も減る。当然、売れ行きにも影響する。増刷がかかりにくい。担当編集者は、「損失覚悟の定価設定です。利益分岐点を1万部と設定しても、初版は3,000部がいいところ。書店を厳選して配本する。それでも売れる本は売れる」といい、「"売り逃げ"とも言えます。こうすれば、損失を押さえることができる」といった。はじめから"逃げ腰"での出版なのである。K出版社も利益が全盛期の半分だと担当者は漏らした。
版元有利の出版事情に風穴を開けたのが、電子書籍である。出版社や書店だけではなく、印刷業、IT関係、携帯電話会社など、出版とは無関係のジャンルまでがこぞって参入した。乱立すれば作家が置き去りにされると、2010年11月、作家の村上龍氏が自ら電子書籍制作・販売会社を設立させ、『歌うクジラ』(税込1,500円)を販売。好調なスタートを切った。よしもとばななも同社から作品を出した。
電子書籍は紙媒体にはない映像や音楽、SE(効果音)まで自在に取り込める。出版社(編集者)の顔色をうかがいながらの出版を考慮しなくても済む。村上氏は「出版社を通さずに作品を届けられる"産地直送"だ」という。出来立てを格安に、それも作家が逆に読み手をピンポイントに選別して届けることができる。前述の拙著も「デジタル的利用許諾契約書」という何とも厳めしい名前の契約書にサインした。しかし、印税はちょぼちょぼ。
本が好きで、紙媒体しか読まない高齢者が死滅するまでは、紙媒体がなくなることはない。
(了)
【大山 眞人】
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