刑事事件での取り調べの全面可視化・全面証拠開示の法制度審議会の議論が山場になっているなか、政治経済学者の植草一秀氏がブログで、「日本の警察・検察・裁判所前近代性示す三大問題」と題して、全面可視化の必要性、対象範囲について論じている。6月20日付の同記事を一部抜粋して紹介する。
私が巻き込まれた冤罪事件について、東京地裁に再審を請求した。不当な裁判について、やり直しを求める。
裁判では、私の無実を完璧に証明した目撃証人が現れて法廷で証言してくれた。この目撃証人は現場の状況を正確に法廷で証言した。私の無実は完全に証明された。しかし、裁判所はこの決定的な目撃証人証言を否定して、信憑性のまったくない別の証人の証言を肯定して私に不当な有罪判決を示した。
再審請求では現場の状況の再現実験結果が、信憑性のない目撃証人の供述が現実にはあり得ないことを証明する再現映像が添付された。
朝日新聞は繊維鑑定の結果が私の犯行を証明しているかのような「誤導」する情報工作記事を掲載したが、私の手指から採取された繊維片は、私ともみ合った京急駅員制服に由来する可能性が極めて高いものだった。
専門家による繊維鑑定結果も新証拠として提出された。裁判所が正しく機能し、間違った判断を是正することが強く求められる。
足利事件、袴田事件など、警察・検察・裁判所の巨大不正が次々と明らかになっている。厚生労働省次官に就任した村木厚子氏の冤罪事案では、検事が証拠を改ざんしていたことが明らかにされた。
小沢一郎氏が不当に起訴された事案では、検察が事情聴取内容を改ざんして、うその報告書を検察審査会に提出していたことが明らかにされた。村木氏の事案では担当検事、上司が刑事責任を問われたが、小沢氏の事案では、検察が被疑者を無罪放免した。法治国家としてあり得ぬ対応が取られたのである。
小沢一郎氏の不正起訴事案では、元衆議院議員の石川知裕氏に対する事情聴取の内容を全面的に捏造した捜査報告書が作成された。この報告書が検察審査会に提出されて小沢一郎氏が不正な起訴に持ち込まれたのである。日本政治を根底から転覆させる、日本政治史上最大、最悪の政治謀略事案の中核に、この不正起訴事案を位置付けることができる。その不正起訴事案の核心に、検察による史上空前の巨大犯罪があった。しかし、検察自身が、この巨大犯罪を無罪放免にしているのである。
この巨大犯罪を白日の下に晒した原動力になったのが、石川氏による秘密録音だった。元外務官僚である佐藤優氏の助言が功を奏したのである。
暗黒の警察・検察・裁判所制度を、少しでも近代化しなければならない。
裁判官のなかには、大飯原発運転差し止め命令を示した福井地裁の樋口英明裁判長や、小沢一郎氏および秘書の事案に関して完全無罪判断を示した東京高裁の小川正持裁判長などの、優れた裁判官が存在する。
しかし、こうした正しい裁判官は例外的にしか存在しない。こうした裁判官の裁判を受けられるのは、宝くじで高額当選するより難しいのが実情である。
このなかで、日本の警察・検察・裁判所制度の近代化を図る、第一歩に位置付けられるのが取り調べ状況の可視化である。検察が可視化を拡大する方針を示したことをメディアが大きく報道しているが、「木を見て森を見ず」の論議にならないようにしなければならない。
法制審議会のこれまでの論議では、可視化の範囲は、裁判員裁判の対象事件や特捜部などによる独自事件に限られ、しかもその対象は、被疑者に限られてきた。
私は、全面・完全可視化が必要不可欠であると主張してきた。裁判員裁判の対象は全国の地方裁判所で受理した事件のわずか3.2%に過ぎない。全事件の3%について可視化を実現したところで、ほとんど意味はないのである。すべての事案に可視化を適用する必要がある。
同時に重要なことは、可視化の対象を被疑者だけでなく、被害者、目撃者、逮捕者などの関係者すべてに広げることである。
警察や検察は事件を捜査するのではなく、事件を捏造する場合がある。とりわけ、特定人物を政治的な理由で犯人に仕立て上げる「人物破壊工作」を実行する場合には、こうした「犯罪の捏造」が行われるのである。この「犯罪の捏造」を防止するには、関係者全員の完全可視化が必要不可欠なのだ。まったく信憑性のない目撃証人などが出現するのは、目撃者の証言について、可視化が行なわれていないためである。目撃者がいないのに目撃者が作られることもあるかも知れない。その創作された目撃者が被害者および警察・検察と口裏を合わせて、犯罪が捏造されるかもしれない。
人物破壊工作を実行する場合、事案は裁判員裁判に委ねられるような大きな事件である必要はない。微罪でも構わないのだ。人格を破壊して、社会的生命を抹殺するには、小さな事件で十分なのである。
だからこそ、すべての事案について、完全・全面可視化が必要不可欠なのだ。可視化されていない供述については、証拠能力を認めないとの基準を設置することも必要になる。
日本の警察・検察。裁判所制度は、前近代の状況に置かれたままである。一般の人々は、この世界に縁が薄い。自分とは関係のない話だと思う人も少なくない。しかし、冤罪の恐怖は、いつ誰の身に降りかかるかも知れない問題なのだ。とりわけ留意が必要なのは、この国家権力が政治目的で悪用されることだ。これを「人物破壊工作=Character Assassination」と呼ぶ。政治的な敵対者の社会的声明を抹殺するために、公権力を濫用するのである。警察・検察・裁判所制度が近代化されていることは、この人物破壊工作の重大な障害になる。
※続きは、メルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」第892号「日本の警察・検察・裁判所前近代性示す三大問題」で。
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