報告書は、そのあたりの状況を正確に表現している。「1993年3月13日、2月に就任した金泳三韓国大統領は、慰安婦問題について『日本政府に物質的補償を要求しない方針であり、補償は来年から韓国政府の予算で行なう。そのようにすることで道徳的優位性をもって新しい日韓関係にアプローチすることができるだろう』と述べた」。日本側に対して「道徳的優位」をもって臨む。いかにも韓国らしい言辞だが、実際、キム・デジュン政権まではその通りの対応だった。だから両政権ともに「未来志向の日韓関係」を強調し、現在の韓国政権のような「過去執着路線」ではなかったのである。
今回の検証作業でも明らかになった通り、河野談話そのものは、慰安婦証言の十分な裏付け作業なしに行なわれたモノであり、その記述もきわめて曖昧なものだった。そして、政府が実施した文書調査、聞き取り、証言集の分析などを通じ、「(政府の)一連の調査を通じて得られた認識は、いわゆる『強制連行』は確認できないというもの」だったのである。
しかし、談話発表後の記者会見に落とし穴があった。報告書が指摘しているように、河野氏は記者会見で強制連行の事実があったという認識なのかと問われ、『そういう事実があったと。結構です』と述べたのである。この発言によって「強制連行」が一人歩きすることになったのである。
日韓両政府の当局者が擦り合わせのうえに作成した「河野談話」には、「強制連行」の言葉はなかったのに、韓国側で「河野談話=強制連行の認定」とされるようになった根拠はここにある。つまり河野氏の明らかなミステーク。産経以外の日本各紙がこの点を突かないのはどうしてなのか?単なる不勉強とも思われない。
すでに日本国民も周知の通り、キム・ヨンサン政権以降の韓国政府側の姿勢は、ノ・ムヒョン政権に至って簡単に覆された。さらにパク・クネ政権によって「反日外交」の道具として駆使されている。つまり、そういう図式なのである。日韓間で政治問題化した「慰安婦問題」の真実というのは、以上の点がポイントだ。
朝鮮日報の報道によると、元慰安婦らが問題視しているのは、朴氏が本のなかで「朝鮮人慰安婦と日本軍の関係は基本的には同志的な関係だった」と書き、また、「日本軍による性的暴力は、1回きりの強姦や、拉致した上での性的暴力、管理下での売春の3種類があった。(中略)朝鮮人慰安婦の大部分はこの3番目のケースが中心だ」とした部分だという。
朴教授の「帝国の慰安婦」については、このコラムでも紹介したことがある。真摯な姿勢で「慰安婦問題の真実」を追及してきた研究者である。「提訴」を受理した韓国の司法当局が、どのような判断を下すのか?
もし「出版差し止め」が認められるような事態にでもなれば、韓国は「学問の自由」も「出版の自由」もない国だということになる。
差し止めを請求された『帝国の慰安婦』は、すでに昨年8月に出版されている。それがここに来て突如、出版差し止め請求がなされた理由は何か―。同書は近く、朝日新聞出版(!?)から翻訳出版される予定だという。日本での出版を阻止する底意があると見るのは、うがち過ぎだろうか?
(了)
【下川 正晴】
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<プロフィール>
下川 正晴(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授を歴任。2007年4月から大分県立芸術文化短期大学教授(マスメディア論、現代韓国論)。
メールアドレス:simokawa@cba.att.ne.jp
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