西濱徹氏は福岡県生まれの新進気鋭のエコノミストである。一橋大学経済学部を卒業後、国際協力銀行(JBIC)、現職の第一生命経済研究所で一貫して新興国(「日米欧『以外』」)を担当。アジアを中心に数多くの新興国を訪問、調査や分析をしている。本書には、目下激動を続け、その実態が掴にくいASEANの政治・経済(生産、物流、消費など)の今、そして未来への大きな変化が分かりやすく書かれている。
ASEAN共同体は、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム、タイからなる「陸のASEAN」(中国の雲南省と広西チワン族自治区を含め、大メコン流域圏を構成)とマレー半島を取り巻く海側に位置するシンガポール、マレーシア、ブルネイ、インドネシア、フィリピンからなる「海のASEAN」の10カ国で構成される。
欧州連合(EU)の5億人、NAFTA(北米自由貿易協定)の4.6億人、メルコスール(南米南部共同市場)の2.8億人を超える、人口6億人を抱える世界最大規模の地域共同体である。先進国を中心とするEUやNAFTAと違い、構成する多くの国は、今後20年から30年に渡って、いわゆる「人口ボーナス」が享受できると言われている。
ASEAN共同体の大きな特徴は、経済面のみならず、安全保障や社会・文化面でも「共同体」になることを目指している点である。
「今後の日本経済が持続可能な経済成長を果たすには、アジアをはじめとする新興国の経済成長を取り込むことが不可欠」とは、まことしやかによく言われるフレーズである。しかし、現在、ASEANにおいては、韓国や中国企業が進出の動きを強めており、数十年前のように日本企業が圧倒的な存在感を示す環境ではなくなっている。しかも、これらの地域で後れをとった日本企業の意思決定の遅さの問題体質(「4L」や「NATO」)は一向に改善される気配はない。
国内経済に構造的欠陥を抱えている日本は、著者のいうように、今後は海外で稼いだ利益を国内に還流させ、日本国内の「国民総所得(GNI)」(GDPに海外からの所得を加えたもの)の増加を見込む方向に活路を求め進んでいく必要がある。日本国内におけるASEANをはじめとするアジア新興国を見る目が「期待」から「行動」をともなうものに変わることを願い書かれた1冊である。
【三好 老師】
【注】「4L」(Look,Listen,Learn but Leave、見聞き学ぶが去ってしまう)と「NATO」(No Action,Talk Only、言うだけで何もしない)は、新興国で囁かれている日本人の決断の遅さを表す造語。
<プロフィール>
三好 老師(みよしろうし)
ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。
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