<「他人の不幸を喜ぶ」ことは悪いことであるか?>
「他人の不幸を喜んでしまう」という不謹慎な感情を抱いた経験は、おそらく誰にでもあるのではないかと思う。そして、多くの人は、そんな感情を抱いてしまった自分を「悪い人間だ」と責めてしまう。今まで、こうした感情の動きは「心」の問題として捉えられ、「他人の不幸を喜ぶのは悪いことであり、してはいけないことだ」と、主に道徳的・倫理的な観点から論じられてきた。
しかし、脳に関する研究が進んだ結果、「他人の不幸を喜ぶのは、人間の脳がそのような仕組みになっている」からだということがわかってきた。
<「感情」を科学的に解明する研究が進んでいる>
高橋英彦氏は、新進気鋭の脳科学者・精神科医である。東京医科歯科大学医学部を卒業後、2010年京都大学大学院医学研究科講師を経て、11年より京都大学大学院医学研究科准教授。12年に第9回日本学術振興会賞を受賞している。
心の病に悩む人や精神・神経疾患を患っている人たちへの治療に役立てるために、今、脳神経科学や神経科学と言われる分野では、感情を科学的に解明する研究が進んでいる。今までは、脳の研究においては、亡くなった患者の脳を調べる死後脳研究が中心で、患者が亡くなった後に遺体を提供してもらい、解剖するしか方法がなかった。それが、現在では、fMRIをはじめ、人間の脳を生きたまま非侵襲的に計測する技術(脳画像研究)が発展、様子が一変している。
<絶対的な価値より、相対的な価値に基づいて評価>
相手に対して「妬み」の感情を抱いているとき、脳はその人の不幸を、より強く「喜び」として感じる。この妬みの感情は、仏教(108の煩悩の中の"嫉")、キリスト教(7つの大罪の中の"妬み")等いずれの宗教においても、人間が背負った業であるかのように扱われてきた。妬みは、他人が優れたものや特性を有している場合に抱く苦痛、劣等感、敵対心をともなう感情である。
そして、我々は、物事を評価するとき、絶対的な価値より、相対的な価値に基づいて評価することが多い。たとえば、自分が1本1万円の高級ワインを飲んでいる隣のテーブルで、他人が1本5万円をする超高級ワインを飲んでいるのを見ると「妬み」を感じ、自分が飲んでいる高級ワインのありがたみを忘れる。しかし、隣で、超高級な1本10万の日本酒を飲んでいても、「妬み」の感情は生まれない。これが「隣の芝生は青い」とよく言われる理由である。
<他人の不幸を見ただけでドーパミンが脳内に放出>
人間の脳のなかにある「線条体」には、脳内伝達物質のドーパミンが豊富に存在しており、報酬が期待されるときや実際に得られたときには、心地良さや満足感をもたらすドーパミンが脳内に放出される。これは、理屈抜きの、感情的な判断プロセス「ボトムアップなプロセス」に基づいている。fMRIを使った著者の実験では、脳は他人の不幸を見ただけで、食べものやお金を得ていないにもかかわらず、あたかも報酬を得たかのような反応を示すことがわかっている。「他人の不幸は蜜の味」ということが証明されたわけである。
著者は他人を妬んだり、不幸を喜んだりする「本能」は、動物界で生き延びるためには必要なものであるかもしれないと認めている。しかし、そのうえで、最後に、人間は高度な思考ができる大脳皮質を持ち、他者と共存しながら生きているため、必ずしも脳の自然な反応に従って行動することばかりが適切とは言えないと結んでいる。
【三好 老師】
【注】「4L」(Look,Listen,Learn but Leave、見聞き学ぶが去ってしまう)と「NATO」(No Action,Talk Only、言うだけで何もしない)は、新興国で囁かれている日本人の決断の遅さを表す造語。
<プロフィール>
三好 老師(みよしろうし)
ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。
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