1.ナイアシン(ニコチン酸、ニコチン酸アミド)
本連載の第1回に記述したように、今から100年ほど前、アメリカ南部のトウモロコシを主食とする貧しい農民を中心に、ひどい皮膚炎、慢性の下痢、さらには脳障害から痴呆にまでなるペラグラという病気に年間20万人が発症し、1万人近くが死亡する状態が長く続いていたが、公衆衛生局に勤めるゴールドベルガーが夫人と共にその原因究明にあたり、食物中の ペラグラ予防因子が欠乏しているとする栄養不良説を唱えた。
ペラグラに相当する動物の病気は犬の黒舌病で、アメリカのエルビエムが1937年に肝臓からニコチン酸アミドを抽出し、これが犬の黒舌病に治療効果があることを発見しやがてニコチン酸またはそのアミドがヒトのペラグラ治療に有効であることが証明された。アメリカでは1938年に、ナイアシンをパンやシリアル類の小麦製品への添加が勧告され、1943年にはこれらの添加は行政命令となった。ナイアシンは糖尿病や高脂血症にも有効であり、アルコールを多量に飲酒する人は日頃からニコチン酸アミドを含むビタミン剤を摂ることが勧められる。ニコチン酸は化学名でその誘導体をニコチン酸アミドといい、これらを総称してナイアシンという。
2.パントテン酸(パンテノール)
1901年にアメリカのR.ウイリアムスは酵母の研究から生育因子をパントテン酸と命名し、1940年に単離・合成に成功した。パントテン酸の生体内における機能についてはアメリカのリップマンが補酵素(CoA)がパントテン酸の化合物であることを発見した。ヒトでのパントテン酸欠乏症は第2次大戦中、日本の捕虜収容所で発生し、足の焼灼痛症状がインドのゴバランにより報告され、1962年には田坂定孝らも類似の症状の患者を報告している。パントテン酸は脂肪やタンパク質の代謝に係る補酵素(CoA)の構成成分として働き、コレステロールや各種ホルモンの合成にも関係している。体内でパントテン酸に転換する誘導体のパンテノールを含む軟膏は紫外線による皮膚の炎症(日やけ)ややけどに効果があり、パンテノールは髪の毛の健康維持に役立つ。発見者のR.ウイリアムスは87歳の1980年に、ライナス・ポーリング(本連載の(5)を参照)と共に来日している。
(つづく)
<プロフィール>
伊藤 仁(いとう ひとし)
1966年に早稲田大学を卒業後、ビタミンのパイオニアで世界最大のビタミンメーカーRoche(ロシュ)社(本社:スイス)日本法人、日本ロシュ(株)に就職。「ビタミン広報センター」の創設・運営に関わる。01年から06年まで(財)日本健康・栄養食品協会に在籍。その間、健康食品部でJHFAマークの規格基準の設定業務に携わる。栄養食品部長を最後に退任。