2024年05月20日( 月 )

歴史と住民でつくるべき「楽しい日本」のランドマーク(1)

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誘拐予告がまとめた「気持ち」

 2022年6月の初めごろだっただろうか。福岡市や北九州市に対する下校時の誘拐予告があった。保護者へ向けて警戒を強めるよう、福岡市からの一斉通知が行われ、私や妻のところにもその通知は届いた。小学校でも指導や防犯を強め、下校時刻に対応した警察署パトカーによる見守り依頼、また複数人で行動するように呼びかけられた。青色防犯パトロール等の校区内巡回に加え、「1人遊びはしない」「行先は保護者に伝える」といった啓蒙など、街ぐるみで注意喚起も行われた。ちょうどテレビの日曜劇場では、二宮和也主演のドラマ『マイファミリー』が放送されていたころ。このドラマは、誘拐事件を軸に家族のかたちやそれぞれの人間関係の模様を描くサスペンスドラマだったこともあり、巷ではマイファミリーの模倣犯ではないかという噂も飛び交った。結果的には、いたずらだったようで、誘拐は行われなかった。だがその日の街のざわつきを、私は今でも記憶している。

 その日、小学校の前にはいつもより多くの保護者の姿があった。下校の列の先頭と最後尾には若い先生、横断歩道には黄色い旗をもった交通整理のお年寄り。自転車に買い物袋を山積みしたお母さんが子どもと家路を急ぐ。スーツを着たお父さんの姿も、いつもより多かったように見えた。近所のエプロン姿の年配の女性、警察官、消防団のような壮年の男性、時には住職も横断歩道を渡る子どもたちを見守った。

 たまたまその日、私は福岡市中央区、東区、南区の3つの現場を足早に回らなければならない日だった。窓の外の街が入れ替わっていくのを横目に、“外敵から子どもたちを守ろう”と、大人たちのうねりは広く伝播し、1つに結束しているように見えた。それが何とも頼もしく思え、そして温かな気持ちに抱かれながら、車のアクセルを踏み込んだのを思い出す。私にもやはり年ごろの子どもがいるので、下校時間が終わるころ、妻から無事帰宅したことを電話で確認した。ここに、この街の体温と潜在力を見たような気がした。

誘拐予告にこの街の体温と潜在力を見た
誘拐予告にこの街の体温と潜在力を見た
(イメージ写真)ベネッセ公式HP

放課後の記憶

 昭和の放課後は、「小学生になったら、子どもだけで遊んでもよい」という家庭が多く、子どもたちは公園や広場で自由にのびのびと遊ぶことができた。平成に入ると、放課後の小学生を狙った事件や事故が目立つようになり、令和になると子どもの安全な居場所を確保するため、親が子どもの放課後の予定を埋めるようになった。

 昔から小学生を狙った事件はあったが、かつては専業主婦家庭が多く、今より近所付き合いも密だったためか、子どもたちを見守る大人の目がそれなりにあった。しかし今は、共働き家庭が増え、また地元の集会やお祭りといった地域の大人と子どもの接点が減った結果、“地域で子どもを見守る意識”は昔よりも薄くなってきているのだろう。「子どもを社会に受け入れよう」とする地域の寛容性も低下しているように感じる。そんな体感もありながら、翻ってその日の感覚は「まだまだこの街も捨てたもんじゃないな」と思わせてくれた。

放課後の記憶 photoAC
放課後の記憶 photoAC

    場所の記憶とは、何かしら物語と結びついているものだ。建築デザインの学校に入学すると、早い段階で教わるのが、物語=ストーリーをつくり、そこからプロジェクトのコンセプトを組み立てることだ。「ストーリー」は次にどうすればいいかがわからなくなったとき、立ち戻って考えることができる軸になる。

 ストーリーのきっかけは、何か特定のものかもしれない。たとえば、大切に残していきたい1本の木。または、もっと幅広く「すべての部屋に自然光を取り入れる」というアイデアかもしれない。「白はどこにも使わないでほしい」というような具体的なクライアントの要望や、立地の条件が出発点になることもある。公共の施設は「そこに人が集まる」という目的や誘因性が立つのかもしれない。これらは小規模なリノベーションやインテリアデザイン、大規模再開発に至るまで、あらゆる段階のデザイン課題についていえることだろう。

自由時間“ない”放課後

 多くの公園で「ボール禁止」がルール化され、砂場の砂は取り除かれ、子どものはしゃぐ声が苦情に発展する。子どもたちは日々たくさんのルールで縛られており、何をして過ごしたいか尋ねられても、『何をしたら問題ないのか』がわからない。今の子どもは、「何をしたいか」を話すのではなく、「何をしてはいけないのか」を聞くところから行動が始まるという。

放課後に自由な時間がない子どもたち
放課後に自由な時間がない子どもたち

    都市のなかで、公園は子どもたちに残された数少ない遊び場だ。現在では「Park-PFI」制度など民間の力も導入され、賑やかな集客努力が採られてきている。街にとっては多様な仕掛けで経済合理性も得られ、今後ますます広がりを見せるだろう。天神中央公園が新たな仕掛けによって変わってきた雰囲気を、私自身も楽しみに期待している。ただ公園は、誰もが平等で公正に訪れられる場所。区別なしに受け入れてくれる憩いの場所だ。子どもたちにとってもその場所が不自由にならないよう、またビジネスに偏重したものにならないように、「経済」とは異なるものさしも、戦略上の重要なポイントとしてほしいと思う。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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