2024年04月28日( 日 )

「心」の雑学(8・後)協力し合う社会を支える協調性の本質とは

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協力を阻むフリーライダーの魔力

 成功の可否が各人のモラルに依存しているような社会の仕組みは、なかなか長く維持することが難しい。そうした社会のなかで誰かが裏切ると、その裏切り者はほかの人々の協力によって生まれる利益や恩恵を一方的に享受できてしまうからだ。このような利己的な行動をとる者は、フリーライダーと呼ばれる。この社会的構造が成立すると、社会のメンバーは自分が損をすることを避けようとして、それぞれが自身の利益を優先する非協力的行動を選択してしまう。そして最後は、社会の仕組みそのものが崩壊することになる。

 前回(Vol.68)は、このフリーライダーが生み出す社会的なジレンマと協力し合うことの難しさについて、「共有地の悲劇」の逸話や協力行動に関する研究を紹介した。とくに、行動経済学で用いられる公共財ゲームの研究から、罰の制度が人々の協力を促すこと、そして人には裏切りに対して制裁を与えたい、強力なインセンティブがあることをみてもらった。つまり、勧善というよりは懲悪的な価値観が、人々を協力へと向かわせているということだ。実はそれだけではなく、そもそも人は裏切りに対する強力なセンサーをもっているようである。それを明らかにしてくれるちょっとしたゲームを用意したので、しばしお付き合いいただきたい。

協力的な社会のための力

【図1】

 図1のような4枚のカードがある。カードの表には英語が、裏面には数字が書かれている。カードは2枚が表、2枚が裏という状況だ。この世界では「母音の英語の裏は偶数」という規則があるとする。このとき、図1の4枚のカードがこの規則に当てはまっているかどうかを調べるには、どのカードを確認すればよいだろうか?必要最小限の枚数で確認するために、選ぶべきカードを考えてみてほしい。回答が決まったら次の段落へ(できれば回答をメモして、答え合わせに臨んでいただきたい)。

【図2】

 今度は図2のような4枚のカードが並んでいる。今回のカードは表には行動が、裏面には人のプロフィールに関する記述がある。書いてある単語の意味がわからないかもしれないが、気にせず読み続けていただきたい。今回は「宇宙進出をはたした人類は、危険のともなう遺伝子操作手術を受けたコーディネーターだけが、高度な機械であるモビルスーツを操縦することが許される」という規則があるとしよう。先ほどと同様に、図2の4枚のカードの内容がこの規則に当てはまっているかどうかをたしかめるため、調べなくてはいけない最小限のカードを選んでみてほしい。

 少しばかり頭が疲れたかもしれないが、ここまでお付き合いいただき感謝している。それでは、問題の回答と解説をしていこう。まず1問目だが、この場合は「O」と「1」のカードをめくれば、規則が正しいかどうかをすべて確認することができる。正解できただろうか?おそらく、「O」のみ、または「O」と「8」のカードを選んだ人が多かったのではないかと推測する。ちなみに、一般的にこの問題の正解率は4~25%程度とされている1。もし間違えていたとしても気を落とさないでいただきたい。2問目の場合は、「モビルスーツを操縦している」と「ナチュラル(コーディネーターではない)」のカードが正解となる。もしかしたら1問目は間違えたが、2問目は解けたという方が多かったかもしれない。実際、この2つの問題は論理的には同じ構造をしているのだが、2問目の形式では正解率が70%を超えることが報告されている。

 この2種の問題の正解率の違いについて、1問目のような記号は我々の日常に馴染みがないから難しいという批判がある。しかし、2問目についても、一部の人(今回の例ではガンダム好き)を除いては、非常に馴染みのない内容だったと思う。それでも、おそらく1問目より2問目のほうがわかりやすかったという人は多かったはずだ2。この現象は、カードの内容が身近なものかどうかというよりも、違反(裏切り)という要素が含まれているかどうかに起因すると考えられている。そして重要な点として、基本的に我々はこの現象に無自覚である。これらのことから、Cosmidesらは、人間が協力によって成り立つ高度で複雑な社会を発展させるとともに、協力的な社会の障壁となる裏切り者やフリーライダーを的確に検知する能力を獲得していったと考察している。

よき社会の一員でいるためのコツ

 自主的な助け合いで成り立つ社会はすばらしいのだが、各人のモラルや道徳だけに委ねられた状況では、それを実現、維持することは難しい。協力的な社会を築くためには、非協力者を見抜き、人々を制裁へと駆り立てる心の仕組みやルールが必要だったのだろう。実は協力的な社会というものは、「みんなで助け合おう」という積極的な道徳観ではなく、「みんなが協力しているから自分も合わせよう。じゃないと罰せられてしまうから…」という規範のようなもので支えられている側面があるといえる。

 さて、これから仕事の過酷さがどんどん増していく年度末が近づいてくるわけだが、どれだけ忙しかったとしても、「自分だけならちょっとくらい…」などと決してフリーライダーの誘惑に負けないように。そして、組織でモラルを問われる出来事が起きたときは、グループの平均よりもちょっとだけ多めに貢献しておくのが吉だろう3

(つづく)

1 Cosmides, L. & Tooby, J. (1989). Evolutionary psychology and the generation of culture, part II: Case study: A computational theory of social exchange, Ethology and Sociobiology, 10, 51-97. ^
2 この課題は「4枚カード問題」や「ウェイソン選択課題」と呼ばれている。今回は紙面の関係で課題自体の詳細な解説を省いてしまったが、インターネット上にも多くの解説が上がっているので、興味がある方はぜひ調べてみてほしい。 ^
3 「 グループの平均よりちょっとだけ多めに」という理由については、ぜひ前編の公共財ゲームの研究内容を読んでいただきたい。 ^


<プロフィール>
須藤 竜之介
(すどう・りゅうのすけ)
須藤 竜之介1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は九州オープンユニバーシティ研究員。小・中学生の科学教育事業にも関わっている。

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