2024年12月24日( 火 )

第11回「白馬会議」の講演録より「日本の技術劣国化からの脱出」(4)

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 素粒子物理学はその過程で核爆弾を生み出したが、人間の良識がある限り使えない技術である。その延長にある核融合は「反応装置」を構成する材料とプラズマ閉じ込め技術がネックとなって進展していない。ITも半導体を使う限り材料・ものとの関わり抜きで発展することはあり得ない。結局、破壊的イノベーションが起こるには材料のパラダイム・シフトが要求される。

 海洋を漂うマイクロプラスチックの問題が(マスコミ的に)突如登場し、主に第3次産業の大手企業がアクションを取ることで一種の世論形成が図られている。科学技術、とくに化学は一般の人に必ずしも正しく理解されている訳ではないので、水素水のような詐欺的な商品が横行したり「環境ホルモン」のような曖昧な概念が政治問題になったりする。

 他方で天然由来信仰が存在し、化学成分がまったく同一でも合成品を悪玉化する。このような非科学的偏見は多分に近視眼的な自然保護団体や目立ちたい学者によって形成されるので適切な情報提供をメディアが心がけなければいけない。メディア関係者の責任は重いのだが自らの言動に責任を取るというのを見たことがない。

 このような団体やメディア有識者は一種の宗教的ともいえる近視眼的な単一の見方をするので、長期的、全体的に見るとかえって悪い方向に向かってしまうことがある。かつて、公害問題として排水の質を問うキャンペーンが大々的に繰り広げられ、東京の江戸川下流の下水処理場からの排水を飲料水レベルにしたために東京湾三番瀬から野鳥がいなくなってしまったということが起こった。 原因は、下水処理場からの排水に含まれる有機物、りん、窒素が無かったのでプランクトンや海藻が育たなくなり、連鎖的に餌となる魚介類がいなくなったためであった。実際に一時期、鳥類と河川の環境保護団体同士が対立してしまった。他方で、メディアや「お馬鹿な」芸能人が増幅した「かわいい」によって捕殺に反対を続けた結果、鹿害は日本の多くの山村を蝕んでいる。「かわいい」アライグマは今や害獣であり、ほぼ全国の市町村が困っている。

 マイクロプラスチック問題でいえばプラスチックの使用禁止で一番影響を受けるのは富裕層ではなく所得の低い層であることを忘れてはいけない。多くの環境団体や自然保護団体はシー・シェパードのように活動資金を得るために極端な行動に向かう。廃棄プラの問題の端緒になったウミガメの映像は、ストローが鼻に刺さったからである。これが木の枝だったら話題にならないということをシニカルに考えることも必要だろう。

 かつてレジ袋は紙袋を減らし森林資源を守るための画期的製品と言われたこともあった。割り箸撲滅運動で間伐材の価値が下がり森林の整備が進まなくなったことは国土保全の大きな問題を生んだ。70〜80年代に朝毎が大々的キャンペーンを行ったメダカが洗剤を忌避するという四国の大学の「学術的」報告は、虚偽であったことが証明された(朝毎はその事実を紙面で報告しなかった)。一部の偏狭的意見を垂れ流すメディアのプロパガンダに流されない判断をしなければならない。

 ところで、現代社会を支えていると言っても言い過ぎでない、唯一のアンモニア合成法のハーバー・ボッシュ法は、大変なエネルギー多消費プロセスである。これに代わる省エネアンモニア合成法を発明したならば、ほとんどの有名科学賞を授与できるだけではなく、巨万の富を築くことができるだろう。ところが、我が国ではこのような基礎的な化学技術開発のアイデアを思いついて研究費用を申請しても、おおかた、「実施例がない」「先行文献がない」「論文の実績がない」という理由で却下される。ハーバー・ボッシュ法という名称は学んでも、エネルギー多消費であることを教えない教育にも問題があるが、科学技術関係審査で当該事実を知らない人がほとんどという実態も悪影響を与える。

 日本の技術創出システムは完全に制度疲労を起こしている。もし国家プロジェクトでビッグデータから化学合成法開発に活用するならば、いの一番に行うべきは省エネアンモニア合成法の研究である。エネルギー枯渇は食料危機に直結している。

(つづく)

<プロフィール>
鶴岡 秀志(つるおか しゅうじ)

信州大学カーボン科学研究所特任教授
埼玉県産業振興公社 シニア・アドバイザー

ナノカーボンによるイノベーションを実現するために、ナノカーボン材料の安全性評価分野で研究を行っている。 現在の研究プログラムは、物理化学的性質による物質の毒性を推定し、安全なナノの設計に関するプロトコルを確立するために、ナノ炭素材料の特性を調べることである。主要機関の毒物学者や生物学者だけでなく、規制や法律の助言も含めた世界的なネットワークを持っている。 日本と欧州のガードメタルナノ材料安全評価プログラムの委員であり、共著者として米国CDCの2010年アリスハミルトン賞を受賞した。
 埼玉県ナノカーボンプロジェクトのアドバイザーを通じてナノカーボン製品の工業化を推進している。

<学歴>
1979年:早稲田大学応用化学科卒業
1981年:早稲田大学修士課程応用化学
1986年:Ph.D. 米国アリゾナ州立大学ケミカルエンジニアリング学科

<経歴>
1986年:ユニリーバ・ジャパン(日本リーバ)生産管理
1989年:Unilever Research PLC。 (英国)研究員
1991年:ユニリーバ・ジャパン(日本リーバ)、開発マネージャー
1994年:SCジョンソン(日本)、R&Dマネージャー
1999年:フマキラマレーシア、リサーチヘッド
2002年:CNRI(三井物産株式会社)主任研究員
2006年:三井物産株式会社(東京都)、シニアマネージャー
2011年:信州大学(長野県)、特任教授

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