2024年12月24日( 火 )

第11回「白馬会議」の講演録より「日本の技術劣国化からの脱出」(5)

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中小企業はイノベーションの宝庫

 技術イノベーションの論議に欠けているのは、どの市場で誰がどのように生産技術をつくり出すかというシナリオである。また、イノベーションは社会に影響を与えるという歴史を知ることにより、生み出された技術が与える社会的影響についての分析と対策も重要である。

 すでにGAFAが圧倒的強さを有するIT/AI分野で我が国が巻き返しを図り破壊的イノベーションに繋げていくことは容易ではない。むしろ、得意とする材料分野で努力してみる、とくに炭素材料を見直すことが我が国独自のイノベーションにつながる。しかし、多くの人々は、「炭素繊維(CF)は日本の誇る技術だが、ナノカーボンは使えない技術ではないか」と指摘するだろう。

 フラーレン、CNT、グラフェンとナノ構造をもつ炭素材料の発見がこの30年余り続いたが大きな産業につながっているものがない。また、産業応用でもCFは鉄鋼産業を脅かすには力不足である。これらの意見に対して実例を示して可能性を説明する。

 2014年度から埼玉県の上田知事は中小企業振興策の1つとしてナノカーボンを県内で産業化するプロジェクトを開始した。中小企業振興として基礎的な素材を取り上げることはかなり大胆な施策であった。

 このプロジェクトの開始当時、すでに多くの研究所や有力企業がナノカーボン材料の工業化を推進していた。当初、上田知事も大学や公的研究機関のシーズ研究を中小企業に当てはめることを期待していた。ところが中小企業向けの技術説明会を繰り返す中で、ほとんどの自動車関連部品メーカーが、取引先から10年後に金属加工部品の発注がなくなると諭されていたことに気づいた。また、研究機関のナノ炭素シーズ技術と中小企業の扱える技術にさまざまなギャップが存在することが浮かび上がってきた。

 この状況から導き出されたのは、(1)鉄を中心とした金属は樹脂または炭素材料で置き換えられる、(2)炭素繊維(CF)応用材料であるCFRPは加工難易度が高く高価格で、実使用では衝撃に弱い(脆い)欠点がある、(3)炭素繊維の置き換えとしてカーボンナノチューブ(CNT)の研究開発を行っている中堅大手企業が多数ある、(4)研究機関のシーズ技術はそのままでは中小企業が活用できない、といったことであった。

 2014年ごろ、CNTの主要な製造加工方法は多大なリソースをつぎ込む方法が主流であり、大学や国の研究機関の成果は中小零細企業が手を出せるものではなかった。そこで、中小企業でも扱えるCNT製造・応用方法に中小企業が長年にわたり培ってきた「あたりまえ」の技術を組み合わせるシナリオを考案した。日本の中小企業は世界に冠たる大企業を支えているだけあってそれぞれの得意技は大変優れている。各社の得意技を組み合わせていくとCNTを製造・応用する技術のバリューチェーンを組成できることが判明した。この過程で難しかったのは、一種のオープン・イノベーションとして各社の得意技術を明文化することと不足技術を補い合う会社同士の相性マッチングである。

 一国一城の主を結びつけていくことの難しさは今昔を問わず存在する。それを乗り越えるためには、各々の社長の危機感と腹を据えた取り組みが必要であった。

(つづく)

<プロフィール>
鶴岡 秀志(つるおか しゅうじ)

信州大学カーボン科学研究所特任教授
埼玉県産業振興公社 シニア・アドバイザー

ナノカーボンによるイノベーションを実現するために、ナノカーボン材料の安全性評価分野で研究を行っている。 現在の研究プログラムは、物理化学的性質による物質の毒性を推定し、安全なナノの設計に関するプロトコルを確立するために、ナノ炭素材料の特性を調べることである。主要機関の毒物学者や生物学者だけでなく、規制や法律の助言も含めた世界的なネットワークを持っている。 日本と欧州のガードメタルナノ材料安全評価プログラムの委員であり、共著者として米国CDCの2010年アリスハミルトン賞を受賞した。
 埼玉県ナノカーボンプロジェクトのアドバイザーを通じてナノカーボン製品の工業化を推進している。

<学歴>
1979年:早稲田大学応用化学科卒業
1981年:早稲田大学修士課程応用化学
1986年:Ph.D. 米国アリゾナ州立大学ケミカルエンジニアリング学科

<経歴>
1986年:ユニリーバ・ジャパン(日本リーバ)生産管理
1989年:Unilever Research PLC。 (英国)研究員
1991年:ユニリーバ・ジャパン(日本リーバ)、開発マネージャー
1994年:SCジョンソン(日本)、R&Dマネージャー
1999年:フマキラマレーシア、リサーチヘッド
2002年:CNRI(三井物産株式会社)主任研究員
2006年:三井物産株式会社(東京都)、シニアマネージャー
2011年:信州大学(長野県)、特任教授

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