序破急の冬のトランプ劇場~あと2週間で決まるベネズエラ再建ゲーム(前)

 日本ビジネスインテリジェンス協会(BIS、中川十郎理事長)より、(有)エナジー・ジオポリティクス代表・澁谷祐氏による「序破急の冬のトランプ劇場~あと 2 週間で決まるベネズエラ再建ゲーム」と題する記事を提供していただいたので共有する。

中南米ベネズエラの吸引力──西半球、独裁と石油

 2026年の開幕ベルは世界に向け新たな試練を告げた。中国の戦略的パートナーである 南米ベネズエラに対して米軍は3日深夜奇襲、マドゥロ大統領は拘束された上、拉致されて米国に連行された。5日ニューヨークで裁判が始まった。国家元首を裁判にかけるのは異例だ。国際法に違反する行為だが、トランプ氏は「私には国際法は必要がない」と語った。

 トランプ氏は戦後80年間の国際秩序を壊している。トランプ氏にとって、目的を実現するためには、ベネズエラほど与しやすい国はほかにないと判断したのだろう。

 それは、ベネズエラが、 ▲西半球にある▲中露というライバル国の一員である▲世界一の石油資源があるにもかかわらず荒廃したままの状態で「失敗国のモデル」であるということだろう。

トランプ氏、「ドンロー主義 」を宣言 西半球を強調

 米政権は昨年12月に発表した米国家安全保障戦略(NSS)で、西半球の権益確保を 「極めて重要な中核的国益」の筆頭に掲げた(地図:朝日新聞1月10日)。

地図:朝日新聞1月10日    ほぼ200年前、当時のジェームス・モンロー米元大統領は、欧州諸国に対して西半球への干渉を認めない外交方針を掲げた。当初は不干渉の意味合いが強かったがやがて、米国による中南米諸国への武力介入を正当化する方針に転換した。これが「モンロー主義」 である(*)。

 モンロー氏の思想に共鳴したトランプ氏は、自らの名前「ドナルド」を加えてもじった「ドンロー主義」と呼んで、その成果の舞台をベネズエラに求めた 。
(*)本誌 2025年10月17日第13号「序破急の秋のトランプ劇場── 南米ベネズエラに迫る棍棒外交 ──参照」

トランプ氏「絶対的決意作戦」の成功を誇示

 「ドンロー・ドクトリン」の最初にして最も劇的な適用例となったのが、ベネズエラにおけるコード名「絶対的解決」の軍事作戦である 。

 3日深夜(現地)、米陸軍エリート部隊デルタフォースを中心にした武力行使は、戦術的に正確かつ迅速に実行され、大統領官邸でマドゥロ大統領夫妻を拘束し、ニューヨークに拉致した。5日、マドゥロ大統領は裁判所に連行され、出廷した。注目されるのは暫定的な指導者となったロドリゲス氏(副大統領)の登場である。

 トランプ氏はこの軍事作戦の勝利を宣言した上で、「当面の間、米国がベネズエラを運営する」と発言した 。

 中国はこの発言に強く反発した。中国系メディアの社説は、「米国が他国を『運営』 するという発想自体が、現代の主権国家体制に対する最大の冒涜である」と批判した。

 他方、華々しい陸の作戦から海上に目を転じれば、異様な光景が展開されている。米国海軍によるベネズエラ産石油を運ぶタンカーの拿捕事件であって、17日までに6隻を数え、いわゆる「幽霊船団」である。制裁対象の原油の密貿易への関与を隠そうと、不審な活動をするタンカーで、中国向けのタンカーが極めて多いのが特徴だ。

不意をつかれた中国

 マドゥロ氏は攻撃のほんの数時間前、中国政府が派遣した特使と首都カラカスで会談していた。米国に身柄を拘束される前に公の場に姿を見せたのは、これが最後になった。タイミングが悪かった。

 中国特使との会談はカメラの前で演出されたものだったが、実際にはこのときすでに米軍は密かに作戦開始の態勢に入っていた。米政府高官は「中国は不意を突かれた。もし中国側が米国の作戦に気づいていたなら、会談の様子をあのように公開しなかっただろう」 (ロイター記事)。

 別の米高官は「中国政府に与えた米国の奇襲作戦の影響は大きい。米軍の活動に対して、中国はなんら実質的な防衛力を持っていないことがバレた」と語った 。

米国、オイルパワーを復活へ

 JPモルガンのアナリストによれば、米国の大企業が業界を独占するガイアナ、ベネズエラと米国自身の石油埋蔵量を合わせて、米国は世界総量の約30%を掌握する可能性があるという。オイルパワーの源泉である。

 米政権はマドゥロ氏を追放して、暫定政権に石油取引を迫った。まず陸上タンクに貯蔵中の原油は米国が管理(信託統治)する権限を移管して、その販売利益を信託勘定の帳簿に記載して、収益をベネズエラ再建に充てる原則が暫定政府との協議で合意した 。

 また、米政権は 中露など制裁対象となる石油タンカーの出入港の管理権や総合的な油田管理権も事実上確保した。

 「たとえ中国政府が暫定政府に異議を示しても、米政府が圧力をかければ、中国を守ることはできないガバナンスになった」と専門家は語った(ロイター紙13日)。

ベネズエラ石油再建プロジェクトに着手

 世界最大の石油埋蔵量を有するベネズエラの原油生産が拡大することに期待が広がっている。トランプ米大統領は 3日の記者会見で、ベネズエラについて「世界最大級の米国石油企業を投入し、数十億ドル(数千億円)を投じて壊れた石油インフラを修復させる」と話した。

 ベネズエラは世界最大の石油埋蔵量をもつが、米国の経済制裁などにより、足元の原油生産量は日量100万バレル程度と市場全体の1%未満にとどまる。

 米国にある古い製油所を最大限に生かせることが背景にある。ベネズエラで産出する原油は硫黄分が多く、ドロドロと粘り気のある「重質原油」で、中東などで産出する良質な原油と大きく異なる。

 ベネズエラ産は「超重質」原油と言われ、地表に出ると固まってしまう。扱いづらさから「ベネズエラ産は一般的な原油相場よりもバレルあたり7〜10ドル安い」と石油業界関係者は話す。

 かつては、米国の複数企業はこの安価で入手しやすいベネズエラ東部オリノコの油田地帯で権益を取得し、2000年前後に生産を始めた。しかし、資源ナショナリズムのため国有化されるなど活動は急降下した。

 再建に前向きのトランプ氏は、ベネズエラ産を活用して、米国内の製油所を効率よく回し、他方シェールから採取した原油を輸出に回して生産性を高めるなど拡大指向を浸透させつつある。

 しかし、油田のリハビリは簡単ではない。米ライス大学ベーカー研究所の研究員は、ベネズエラで産油量が戻るには「10年以上の継続的な取り組みと1,000億ドル(約15兆7,000億円)を超える投資が必要」と試算する。

対中「石油-債務交換」契約を破棄 米ドル勘定に移す

 米財務省とベネズエラ暫定政府は、マドゥロ政権時代の中国との関係を清算することで合意した。その最大案件の1つが、石油と債務の交換方式を破棄して、新たに信託統治方式を導入することで、2月1日に正式発効する予定。

 その比較 ポイント は次の表の通り。

<若干の説明>
 ベネズエラ信託統治モデルは、単なる経済合意ではなく、事実上の「国家再建管理」 の性格を帯びている。極言すれば、米国の「資源による統治権の買い取り」である。そのポイントは、
▲信託統治の仕組み:ベネズエラ国営石油(PDVSA)の運営権および売却権益を、米政府が主導する「ベネズエラ復興信託基金」に移管。
▲石油と債務の交換:産出された石油の売却益から、まず米国の軍事介入費用の補てんと米国債権者への支払いを行い、残りをベネズエラ国内の人道支援とインフラ整備に充当し、中国向けは後に回される。
▲中国・ロシア債務の扱い:ロドリゲス氏と米国の合意には、「透明性が確認された債務のみを順次返済対象とする」という条項が含まれており、これが中国やロシアによる「不透明な軍事ローン」を排除する狙いがあるとして、両国が猛反発する最大の火種となっている。
▲中国の法的対抗措置:中国は「既存の二国間条約を無視した一方的な信託統治は無効である」として、国際司法裁判所(ICJ)への提訴を準備している。
▲原油価格の短期予測:定評のある藤澤治氏(FEアソシェイツ代表)は標準原油WTIは、1-3月期は(軍事衝突のリスクがなければ )、バレルあたり55-65ドルのボックス圏で推移すると見通す。

(つづく)

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