山口FG社長交代の深層に迫る(3)
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山口FGの福田浩一社長はまだ63歳であり、続投してもおかしくない年齢である。
と言うのも、1992年6月、田中耕三専務がクーデター寸前で、伊村光頭取(当時)から後継指名を受けたのは66歳のとき。伊村会長・田中頭取の二頭体制だったが、4年後の96年10月に伊村会長が死去。その後の6年間は絶対的な権力を掌握し、退任したのは2002年6月の76歳のときだったからだ。前述したように、田中氏が後継に指名した田原頭取は守旧派を糾合したことで、わずか2年で更迭。田中氏は、山口銀行相談役に就任してから14年が経過。5月13日に90歳の卒寿を迎えた今も、隠然たる影響力を保持していると伝えられる。専属の秘書をあてがわれ、専属の運転手の送り迎えを受けて毎日出社しているのだ。はたしてこの光景は、6月29日に開催される山口FGの株主総会後も続くのだろうか。
さて、話を戻すことにする。福田社長は記者会見の席で、吉村猛氏(56歳)へのバトンタッチを、「山口FG設立10年を機に、若返りを図るため」としているが、額面通りに受け取っていいのだろうか。
長期政権と見られていた福田社長の突然の退任。その退任の理由として、まず1番目に考えられるのは健康上の問題だ。高血圧や糖尿病などの持病などがあると言われる。2番目に考えられるのは内部抗争による交代。
そして3番目は、外部要因による頭取交代説も囁かれている。福田社長は、田中耕三相談役の後を受けて下関ゴルフ倶楽部の理事長を務めているが、会員の一部から「理事長ら4人がゴルフ半額プレイ」で、社員代表訴訟を起こされているからだ。この4人のなかに田中相談役も含まれており、その処理の仕方をめぐって一波乱あったのではないかとの噂もあるが、真偽の程は定かではない。この裁判については、NetIB Newsで「下関ゴルフ倶楽部~波乱の定時総会を再現」とすでに報じている。いずれにせよ、12年間山口銀行および山口FGをトライアングルで支えてきた福田・野坂・加藤の三氏が、同時にトップの座を明け渡すことになったのだ。
福田氏は、山口FGの会長兼山口銀行会長。そして一昨年、もみじ銀行と北九州銀行の会長に就任したばかりだが、非常勤の取締役に降り、野坂氏がもみじ銀行会長、加藤氏が北九州銀行会長に就任する。いずれも代表権のない会長となるが、このようなトップ交代の人事を、はたして福田氏1人で決断したのだろうか――。
巷では、「田中相談役の大きな力が働いたのでは」との見方が有力となっている。(つづく)
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