予測不能な北朝鮮の動きとビジネスチャンス(3)
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国際政治経済学者 浜田 和幸 氏
一方、アメリカの対北朝鮮政策も不可思議な側面が否めない。トランプ政権が誕生し、今後の北朝鮮政策が関心を呼んでいるが、まだ明確な政策は打ち出されていない。ブッシュ政権以降、オバマ政権までは、日本人としては納得しがたい部分も多かった。どうやらアメリカは、北朝鮮の金王朝の独裁体制を力ずくで崩壊させるよりも、維持させたほうが国益に適うと判断したと思われたからだった。その背景には北朝鮮に眠っている地下資源が影響していると見られる。
かつては「北朝鮮にはイラクと違って、めぼしい資源は何もない」とされてきた。しかし徐々に北朝鮮がレアメタルの宝庫であることが判明。各国が色めきたつようになった。例えばタングステン。これは超硬材の切削工具に使われ、軍需産業には欠かせない素材であるが、世界の埋蔵量のほぼ半分が北朝鮮にあるとされる。また、合金に使われるアルミニウムやマグネサイト、潤滑油や電子基盤の材料に使われるモリブデンなども、北朝鮮には大量に眠っているようだ。
ほとんど知られていないが、北朝鮮の資源をめぐる争奪戦は、既に始まって久しい。2004年から11年の間に北朝鮮で合弁事業を開始した世界の企業は350社を超す。中国以外ではドイツ、イタリア、スイス、エジプト、シンガポール、台湾、香港、タイが積極的であるが、そうした国々よりはるかに先行しているのは、意外にもイギリスである。イギリスは01年に北朝鮮と国交を回復し、ピョンヤンに大使館を開設。06年には、金融監督庁(FSA)が北朝鮮向けの開発投資ファンドに認可を与えたため、イギリス系投資ファンドの多くが動き出した。
具体的には、「アングロ・シノ・キャピタル」社が5,000万ドル規模の朝鮮開発投資ファンドを設立し、鉱山開発に名乗りを上げた。北朝鮮に眠る地下資源の価値は6兆ドルとも見積もられている。そのため、投資家からの関心は非常に高く、瞬く間に1億ドルを超える資金の調達に成功した。また、イギリスの石油開発会社「アミネックス」社は、北朝鮮政府と石油の独占探査契約を結び、1,000万ドルを投資して、西海岸地域の海と陸の両方で油田探査を行う計画を進める。
この状況を捉え、ビジネスチャンスに結び付けようとしているのが中国だ。清華大学が開発した高温ガスタービン式の原発を、北朝鮮に提供しようと申し出た。北朝鮮とすれば、中国からの申し出は心強い限りだろうが、支払い能力が無いのが問題である。そこに目をつけたのがやはりイギリスの投資ファンドで、50億ドルのファイナンスを申し出た模様。
6カ国協議の最中に、このような申し出が秘かに中国やイギリスから相次いだため、北朝鮮とすれば協議の進展に関係なく、エネルギー不足の状況を打開できる可能性が生まれてきたわけだ。アメリカによる金融政策や日本が固執する拉致問題の解決など、厳しい現実をつきつけられながらも、北朝鮮が一向に強気の姿勢を崩さなかったのも当然のことであろう。
イギリスは6カ国協議の参加国ではないし、すでに国交も樹立している。北朝鮮からミサイルが飛んでくる心配もないし、イギリス人が拉致されたわけでもない。ある意味、フリーハンドで北朝鮮とのビジネスチャンスを追及できる立場にある。ロンドンにある北朝鮮の大使館は独自の外交活動を展開中だ。ナンバー2が韓国に亡命したことで話題になったことも記憶に新しい。
イギリス資本の高麗旅行社は1990年代から北朝鮮への観光旅行を専門で扱っている。
今では年間2,500人を超える海外の旅行者を北朝鮮に送り込むほどに成長。旅行内容もゴルフツアーからクリケット、サッカー、フリスビー、ダーツなどスポーツからピョンヤンのパブでのクイズ大会など多彩である。現在、北朝鮮を訪れる観光客は年間10万人程度。こうした観光客の誘致を通じて、2017年には世界から訪れる観光客を100万人にし、20年には200万人に増やそうというのが金正恩の計画と言われる。こうした観光業を支えているのがイギリス企業なのである。
資源以外の経済分野でも、ロンドンは平壌との結びつきを強めている。例えば、北朝鮮の国営企業「プガン」が製造しているミネラルウォーターや、血液サラサラ効果がうたわれている「ロイヤル・ブラッド・フレッシュ」という北朝鮮製の豆乳ドリンクなどがイギリスに輸出され、好調な売れ行きを見せている。
しかもイギリスでは、このような北朝鮮製品を梱包し直して、「メイド・イン・コリア」と標記した上でアメリカにも輸出しているのである。プガンは北朝鮮国内に金の鉱山を100カ所以上所有する大企業で、世界中に金貨を輸出している。他にも医薬品、車両、武器などを海外に売りさばき、外貨獲得に貢献しているという。
同社は、世界中に支店や代理店のネットワークを張り巡らせている。中国、キューバ、ドイツ、スイス、ブルガリア、エジプト、シリア、エチオピア、パキスタン、マレーシア等を舞台に、北朝鮮産品の輸出ビジネスを展開しているが、これらの事業を目立たぬように後押ししているのがイギリス系の企業に他ならない。中東地域のインフラ整備の現場にも数多くの北朝鮮労働者が外貨獲得の目的で派遣されているが、こうした労働者の斡旋を手掛けているのも、彼らである。今回、金正男が暗殺された舞台となったマレーシアだが、同国を踏み台にして水面下でビジネスを展開しているのがイギリス企業なのである。
「ケント」や「ラッキー・ストライク」など有名ブランドを持つ世界第2位のたばこ会社「ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)」(本社はイギリス)は01年9月、北朝鮮の商社と合弁で「大聖BAT」を平壌に設立し、年間20億本を超えるタバコを現地生産している。「大聖」という名前は、金王朝直属の企業集団にのみ冠せられるもので、BATが北朝鮮の政府中枢に深く食い込んでいることの証でもあろう。金正恩の愛用の国産ブランドである。
拉致問題を抱える日本は、6カ国協議の進み具合に一喜一憂してきたが、世界の先進国はまったく別の視点から北朝鮮の行く末を注視していたことになる。要は、北朝鮮の商品価値を見極めようとしていたのであり、チャンスがあれば北朝鮮との取引で大きな利益を上げようと虎視眈々と狙っていたに過ぎない。これはイギリスだけではなく、6カ国協議の日本以外のメンバーに共通する姿勢でもあった。
(つづく)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
今年7月にネット出版した原田翔太氏との共著『未来予見〜「未来が見える人」は何をやっているのか?21世紀版知的未来学入門~』(ユナイテッドリンクスジャパン)がアマゾンでベストセラーに。関連キーワード
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