2024年12月28日( 土 )

高齢者への出資はコストでなく投資である(中)

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神奈川県立保健福祉大学 学長 中村 丁次 氏

多量の薬物で栄養状態は悪くなる

WHOレポート
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 この論文を読んで、また、私の臨床経験を踏まえて感じたことは、日本での栄養・食事管理は、どちらかというと病気の予防に重点が置かれているということです。

 しかし、高齢者、障がい者への栄養、食事療法は、どうしても介入しなければならない状況が生まれつつあります。それは何かというと、複合化した疾病、多様化した栄養状態、そして、複雑化かつ高度化した治療法。これらが絡み合って、高齢者や障がい者に負の状況をもたらしています。

 たとえば、患者さんの栄養状態や摂取する機能性成分(サプリメント)が、処方薬の効果に影響をおよぼすことは知られていますが、逆に服用する医薬品で栄養状態が悪化することはほとんど議論されていません。

 高齢者に処方される医薬品のなかには味覚障害や食欲低下を起こす医薬品がたくさんあります。薬物治療による副作用が低栄養状態を招き、治療の妨げになっていることは報告されていますが、低栄養の原因が薬物である点は見過ごされる場合が多いのです。

 薬物の影響によって栄養状態が悪くなることを「Depletion」と言います。米国ではこのDepletionを引き起こすことが想定される場合、臨床に携わる管理栄養士が、主治医と相談して薬を替えたりしますが、日本の医療現場ではこの作業が行われていません。また、米国では通常の食事が摂れずに栄養状態が悪化した場合はサプリメントを選択するケースがあります。とくに高齢者は、通常の食事だけで栄養状態を改善し、病気のリスクを減らすことは不可能に近いので、目的をもった特別な食品を使わざるを得ない状況にあるのです。

 ハーバード大学の外科医チームが、PEM(エネルギー・たんぱく質欠乏状態)患者を対象に在院日数と医療費との関係を調べたところ、平均在院日数がPEM患者と非PEM患者では約1週間も違うという結果が出ました。低栄養になると回復が遅れるだけではなく合併症を併発し、死亡率が上昇するなど、入院医療費は栄養状態が良好な患者に比べて35~75%も増加することがわかりました。今や欧米先進国の病院では、入院患者に栄養療法を行うことにより、治療効果を高めて医療費を削減することが重要な課題となっています。

機能性食品を活用した栄養管理が必要

 栄養療法は、入院患者だけではなく在宅患者にとっても不可欠なアプローチといえます。介護ケアにより在宅復帰を促すことは、地域包括ケアシステムの課題でもあります。病院や介護施設に入院・入所している高齢者はまだ良いとしても、在宅での栄養食事ケアとなると、ほとんど見過ごされている状況にあります。入院患者でさえ医師、管理栄養士、看護師らが何とか栄養管理をやり繰りしている状況ですから、在宅となると家族や患者自身で栄養管理をやらなければなりません。

 通常の食品をどうやって組み合わせていくのか。わかりやすくて使いやすい食品を開発し、わかりやすく表示していかないと、在宅での食事管理は不可能でしょう。

 もう1つの難しい問題は健康寿命の延伸です。これは単に生命がつながっている状態ではなく、いつも食べたいものをおいしく食べられ、活動的であるなど積極的な生き方をサポートすることですので、はたして今のエネルギーと栄養素の調整だけで可能なのか。この点を、栄養関係者はしっかり考えるべきです。

 栄養素と機能性成分の決定的な違いは、欠乏症が存在するか否かにあります。ビタミンやミネラルなどの栄養素は生命に不可欠な成分です。約40種類の栄養素のうち1つでも欠けると病気になり、死に至る場合がありますが、機能性成分には特異的な欠乏症がないといわれています。しかし、生命を維持するだけではなく、健康寿命を延伸し、活動的に生きるためには、機能性成分が含まれている特別な食品を日常生活のなかにうまく取り入れていく必要があります。

(つづく)
【取材・文・構成:吉村 敏】

<プロフィール>
中村 丁次(なかむら・ていじ)

 1948年生まれ、山口県出身。徳島大学医学部栄養学科卒、医学博士(東京大学)。聖マリアンナ医科大学病院を経て、2003年から神奈川県立保健福祉大学教授、11年から同学長に就任。(公社)日本栄養士会会長、日本栄養学教育学会理事長、日本臨床栄養学会副理事長、日本栄養・食糧学会評議員、厚生労働省「日本人の長寿を支える『健康な食事』のあり方に関する検討会」座長など。日本静脈経腸栄養学会名誉会員、聖マリアンナ医科大学内分泌代謝学客員教授。

 主な著書:「からだに効く栄養成分バイブル(最新改訂版)」(主婦と生活社)、「身体診察による栄養アセスメント 症状・身体徴候からみた栄養状態の評価・判定」(第一出版)、「食生活と栄養の百科事典」(丸善)、「子供の肥満を防ぐ100のレシピ」(成美堂出版)ほか多数。

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