米中の新冷戦を煽る軍需産業やメディアの思惑
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NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。今回は、2021年10月8日付の記事を紹介する。
新たに誕生した岸田新総理も懸念するのが、過熱する一方の「米中新冷戦」に他なりません。アメリカでも中国でも国防関係のシンクタンクによる、「米中もし戦わば」といったシミュレーションが花盛りになっています。結論はばらばらですが、「現状では米軍が有利だが、数年後には中国が有利になる」といったシナリオが一般的です。
台湾ではフランスの上院議員代表団を招き、中国の脅威について理解を求め、国際的な圧力によって中国の動きをけん制、封じ込めようと外交努力を強めています。台湾の国防関係者の間では「中国による台湾への武力侵攻は2025年までに実行される」との見方が広がり、危機感は高まる一方です。
日本でも、「台湾有事は日本有事」との受け止め方がもっぱらで、アメリカの意向もあり、茂木外務大臣や岸防衛大臣もいわゆる「中国脅威論」に傾き、台湾への支援ポーズを強めています。アメリカのバイデン大統領は年内に習近平国家主席とリモートでの首脳会談を開く方向で調整しているようですが、話し合いを有利に進めるためにも、同盟国である日本やオーストラリア、インド、そして英国やフランスも巻き込んでのQUADやAUKUSなどの「対中包囲網」の構築に余念がありません。
懸念されるのは、台湾周辺で頻度が増す中国軍の偵察飛行や海上での示威行動です。10月4日には過去最大となる中国空軍機56機による台湾の防空識別圏への侵入があった模様です。10月1日の国慶節以降の5日間だけでも150機を超える中国軍機の領空侵犯が報告されています。
実は、昨年の場合、中国軍機による台湾防衛識別圏の侵犯は380回でしたが、本年はすでに600回を超えているほどです。もちろん、その背景には米軍による台湾海峡や南シナ海における軍事演習が影響していることは論を待ちません。
台湾側は対中抑止力を高めるためにアメリカから新たに高性能の戦闘機や潜水艦などの購入を進めています。大量の無人小型潜水艦の導入も検討されており、中国側はこうした新兵器が配備される前に台湾への武力攻撃を目論んでいるのではないか、とアメリカも疑心暗鬼になっているようです。
いずれにせよ、台湾海峡をめぐる緊張は一触即発状況のため、どちらかが慎重さを欠き、判断ミスを犯した場合には、2025年を待たずして、米中間の熱い戦いが演じられる可能性は否定できません。日本にとっても安全な海上輸送路を確保するうえで、極めて由々しい事態に遭遇することになるでしょう。
一方、NATOの主要国の間では中国敵視政策は見られず、より宥和的な対中政策を模索する動きが主流で、アメリカとは一線を画しています。ヨーロッパの見方は「新冷戦を煽っているのは一部の米軍関係のシンクタンクや右寄りのメディア」というもので、アメリカほど好戦的な状況ではありません。大半の欧州諸国は中国との経済通商関係を重視しているわけです。
NATOのストルテンバーグ事務総長曰く「中国は敵ではない。中国とは気候変動への対応や軍縮の分野で協力すべきである。中国は間もなく世界最大の経済大国になり、国防予算の規模でもすでに世界第2位だ。海軍力に関しては世界最大を誇っている。核戦力でもAI戦略でも中国は無視できない。ゆえに、中国とは関与戦略で臨むのが得策だろう」。
どこまで中国との軍縮交渉が進展するのか、現時点では予断を許しませんが、NATOとロシアとの間では交渉が加速しているのも事実です。NATOとすれば、中国とも無用の軋轢は回避したいとの考えが根底にはあるようです。とはいえ、アメリカの要請もあり、英国、フランス、オランダなどは南シナ海へ海軍の艦船を派遣していますが、中国への配慮も欠かさない強かさを見せているわけです。
なかでも、NATOの対応でユニークな点は、「地球温暖化による海水温度や海面水位の上昇が海軍、とくに潜水艦の運用にさまざまな弊害をもたらしている」ことに鑑み、中国との交渉にも温暖化を絡める姿勢を打ち出していることです。もちろん、軍事行動そのものが温室効果ガスを排出していることに留意していることは明らかになっています。
そんな中、英国のジェームズ・ボンドと人民解放軍が激突しました。といっても、映画の世界ですが、007の最新作「No Time to Die」、そして10月1日の国慶節に併せて公開された、朝鮮戦争を舞台にした中国映画「長津湖」(The Battle of Lake Changjin)が、観客動員数とチケット売上代金をめぐって熾烈な戦いを演じています。
10月最初の週末での売上は「007」が1億1,900万ドルでした。一方、中国政府お勧めの「長津湖(ちょうしんこ)」は2憶300万ドルということで、初戦においては人民解放軍が勝利したことになります。その後も、中国側の善戦が続いているようです。
中国の映画史上、最高額となる250億円の製作費をかけ、軍人のエキストラ7万人を動員して制作されたのが「長津湖」です。しかも、主人公は毛沢東主席の息子で、実際に戦場で若死にした毛岸英というストーリー展開になっています。
公開初日、舞台挨拶に立った脚本家の黄建新氏曰く「この映画の目的は『中国をいじめることはできない』というメッセージを伝えることだ」。現実の世界では米中の対決が抜き差しならぬ方向に進んでいる現在、映画を通じた情報戦といえなくもありません。
「たかが映画」とバカにはできません。国民の愛国心を鼓舞し、万が一の対米戦争という事態になったとしても、朝鮮戦争でアメリカ軍を追い返した前例に従えば、来る台湾海峡危機においても、必ずアメリカ軍を蹴散らせるという自信を植え付けようとの中国政府の強い思いが伝わってくるからです。
日本としても傍観者ではいられません。NATOのような強かな発想と行動で、米中戦争という最悪の危機を回避する手立てを講じておく必要があるでしょう。岸田新内閣の外交力が試されます。
次号「第268回」もどうぞお楽しみに!
著者:浜田和幸
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