2024年07月17日( 水 )

北京冬季五輪の外交的ボイコットの背景と今後の展望

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 NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
 今回は、2021年12月17日付の記事を紹介する。

中国 北京 国家体育場 イメージ    来年2月4日から始まる北京冬季五輪・パラリンピックに関して、アメリカのバイデン政権は同盟国に向け「外交的ボイコット」を呼び掛けています。すでに、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、リトアニアなどが、その呼びかけに応じて、閣僚など政府高官を北京に派遣しないことを明らかにしました。アメリカが外交的ボイコットを主張するのは中国国内における人権問題の改善を促すためとの理由です。

 そのため、岸田政権は難しいかじ取りを迫られています。なぜなら、日本にとっては、アメリカも中国も共に重要なパートナーであるからです。アメリカは唯一最大の同盟国であり、緊張関係の続くアジア太平洋地域において日本の安全保障を確保するうえで、欠かせない存在です。また、中国は歴史的、文化的な繋がりが深く、かつ最大の経済通商パートナーに他なりません。

 アメリカを取るのか、中国を取るのか?二者択一の選択は日本の国益を害することになります。そのため、日本政府はアメリカの要望を最大限に受け止めつつも、中国のメンツを重んじる微妙な「バランス外交」を展開しなければなりません。言い換えれば、バイデン政権が望むようなかたちでの「反中路線」には与することはできないわけです。

 現時点においては、日本政府内とすれば中国における人権状況が際立って改善しない限り、政府高官の派遣は困難との立場をアメリカに伝える意向です。選手団はアメリカ同様、派遣します。岸田首相は早期の訪米を調整しており、バイデン大統領との対面での会談を通じて、北京五輪への対応策を議論し、アメリカの納得と同意を得たい考えです。

 とはいえ、今夏の東京五輪・パラリンピックに際しては、中国から閣僚級の国家体育総局長が中国政府を代表するかたちで来日しており、返礼としては、日本もそれに匹敵する代表を北京に派遣する方向です。具体的な人選の発表は年末になる模様ですが、橋本聖子(東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長)、室伏広治(スポーツ庁長官)、山下泰裕(日本五輪委員会会長)といった名前が候補に上がっています。

 なかでも、橋本氏の場合は、五輪大臣を務めた経験もある現職の国会議員であり、なおかつ五輪直前に北京で開催される国際オリンピック委員会(IOC)総会に出席する予定となっているため、そのまま北京にとどまり、北京五輪の開会式に参加することが検討されています。

 いずれにせよ、来年は日中国交正常化50周年の節目に当たるため、岸田政権は中国との関係維持と強化には万全を期す意向です。岸田派の中心メンバーでもある林芳正外務大臣も日中友好議員連盟の会長を務めていたこともあり、両国関係の重要性には並々ならぬ関心を寄せていることは間違いなさそうです。

 そのためか、去る12月12日、英国で開催されたG7外相会議でも日本以外が対中強硬姿勢で足並みをそろえるなか、林大臣は唯一、態度を保留していました。外務省での記者会見でも林大臣は慎重な言い回しながら「北京冬季大会がオリンピックおよびパラリンピックの理念に則って、平和の祭典として開催されることを期待したい」と述べています。

 一方、自民党内の保守派は、「外交的ボイコットを断行すべき」との論陣を展開しています。さらには、野党の立憲民主党や共産党も外交的ボイコットを公然と主張し始めました。極めつきは安倍晋三元首相です。12月9日の自派の会合において、アメリカ政府による外交的ボイコット表明を受け、「日本も政府として意思を示す時だ」と同調を促す発言に終始しました。

 しかし、アメリカ政府が同盟国に働きかけている「外交的ボイコット」が中国国内の人権問題の改善にどのような効果があるのかは甚だ疑問です。翻って、1980年のモスクワ五輪で日本を含む西側諸国が選手団の派遣も中止するという本格的なボイコットを実行しました。また2014年のソチ冬季五輪では欧米首脳が開会式を揃って欠席したものです。にもかかわらず、ロシアの政策が抜本的に変わることはありませんでした。

 要は、オリンピックのボイコットはあくまで象徴的な意味しかなく、実質的な効果はほとんどないのが現実なのです。それどころか、外交的ボイコットをきっかけに対話の道が閉ざされ、全面的な対立が生じるリスクが懸念されます。この点を冷静に見極め、日本は独自のオリンピック外交を目指す必要があるでしょう。

 岸田首相のいうように、「いうべきことはいう」のは大切ですが、その相手は中国に限らず、アメリカにも同じことが当てはまるはずです。それこそが、独自の国益に沿った政治的判断といえるものでしょう。実際、アメリカの求める「外交的ボイコット」に積極的に応じている国は冒頭に紹介したように限られています。韓国、インド、フランス、ロシアなどはアメリカの主張には同調していないのです。

 第一、国連の事務総長も北京冬季五輪の開会式への出席を明言しています。このままではバイデン大統領の思惑は期待外れに終わりそうです。表には出ていませんが、アメリカもイギリスも中国が北京冬季五輪を通じて進めようとしているデジタル人民元構想を潰そうとの意向が見え隠れしています。

 こうした動きは、オリンピックの政治的利用に他ならず、将来に禍根を残すことにならざるを得ません。万が一、こうした外交的ボイコットが前例となれば、平和の祭典としてのオリンピックはその使命を終えたことになるでしょう。

 次号「第277回」もどうぞお楽しみに!


著者:浜田和幸
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